心響心の目的 その③
濡れた血を朝焼けに映し
僕たちは復讐の鬼に身を投ず
3
「あ、戻ってきた」
八坂が顔を上げると、草木をかき分けながら、真子と心響心が戻ってくるのが見えた。
「いやあ、御免ッス!」
三人を縛り上げた真子は、悪びれる様子無く、ぺかっとした笑みを浮かべて謝った。
八坂がすかさず、真子の単独行動を指摘した。
「真子! これはどういうことだよ!」
「ああ、八坂さん、意識が戻ったッスね! よかったッス!」
「戻ったけど! 悪かったな! 銃で撃ったりして!」
「もう気にして無いッスよ。傷も、回復薬を使いましたッスから」
真子は、八坂がスレンダーマンに操られて、仲間に向かって発砲したことを不問にした。
代わりとでも言うように、三人に言った。
「約束をして欲しいッス」
「なんだ?」
「拘束を解いても、ココロちゃんを捕まえないで欲しいッス」
「捕まえるな?」
架陰の頬がぴくっと動いた。
「真子ちゃん、それはどういうこと? 僕たちは、その『UМA狩り』の捕獲を命じられてここに来たんだよ?」
「それはわかっているッスけど…」
真子はもじもじとしながら、目を逸らした。
「でも、ココロちゃんにも、事情があるってわかったッスから」
真子の「ココロちゃん」呼ばわりに、隣でむすっとしていたココロが眉間に皺を寄せた。
「おい、真子、『ココロちゃん』って呼ぶな。ボクは身体は女だが、心は男だ」
「ごめんッス。ココロちゃん…」
「もしかして、お前馬鹿なの?」
ココロの苛立ちは一旦おいておいて。真子は話をもとに戻した。
「とにかく、ココロちゃんの話をきいてくださいッス」
「話って言われても…」
鉄火斎が唇を尖らせた。
「オレたちが、お前と何を話せって言うんだよ」
「自分の胸に手を当てて考えてみろ」
ココロはそう言い放つと、腰の刀を抜いて、三人に向かって振り下ろした。
黄金色の刃が、三人を拘束していたロープを一刀両断する。
パサッと切れたロープが地面に落ちて、三人は解放された。
「ふう、楽になった…」
かなりきつく縛られていたおかげで、三人の腕は青く鬱血していた。
解放された二代目鉄火斎は、改めてココロと向き合った。
「それで? オレに何の用だって?」
「だから、この刀に見覚えがあるだろう」
ココロは苛立ったように言って、【名刀・秋穂】を鞘ごと鉄火斎に突きつけた。
「………」
鉄火斎は職人の目になると、刀を受け取り、装飾や刃紋、刃のしなやかさをじっと観察した。
そして、首を横に振る。
「申し訳ないが…、これはオレが作った刀じゃない」
「あ?」
ココロがずいっと身を乗りだし、鉄火斎の着物の胸ぐらを掴んだ。
「とぼけるなよ。お前が【鉄火斎】だろうが」
「確かに鉄火斎だけど…、オレは二代目なんだよ」
「は?」
胸ぐらを掴むココロの力が弱まった。
「二代目?」
「そう、二代目」
鉄火斎は、その場にしゃがみ込むと、ココロの了承も得ずに、【名刀・秋穂】の柄紐を解き、柄と刃を分解した。
刃の中心部に刻印された、製作者の名前を確認する。
「確かに…、製作者は【鉄火斎】になっているな…」
「じゃあ、その刀を作ったのは…」
「ああ、多分、オレの師匠だな」
二代目鉄火斎…本名【蒼弥】の師匠、それが一代目鉄火斎だ。
蒼弥が生まれて間もなく、父親に捨てられ、山の中でUМAに食われそうになっていたところを救い、育てた親のような存在。
しかし、十年前に行方不明になり、そして、つい最近に【悪魔の堕彗児】の一味に加わって、彼らに武器を提供していることが判明したのだ。
「おい、ええと、誰だっけ?」
「心響心だ」
「ココロだな。お前、この刀を何処で手に入れた?」
「何処でって…」
ココロの歯切れが悪くなる。
しかし、答えないと話が進まないと思ったのが、絞り出した。
「ボクの村だよ」
「村?」
「うん…」
心響心は嫌なことを思い出しながら、言葉を紡いだ。
「四国のある山奥にな…、はるか昔から【未確認生物】の捕獲、討伐を生業とする、村があったんだよ。ボクはその村の出身だったんだ」
何故か過去形だった。
「村…?」
村という言葉に、鉄火斎の記憶の一部が刺激された。
ココロは続ける。
「当時、ボクはまだ幼くて…、剣術もまともに使えない頃だったんだけど…、ある日…、村人の虐殺事件が起こったんだ」
「虐殺?」
「ああ、ボクが朝目を覚ました時、村の全ての家で、人が死んでいたんだ。殺されたかは様々でね…、喉を引っ掻かれた者もいたし、頭を潰された者もいた。いずれにせよ、むごい殺されたかをしていた…」
ココロは、鉄火斎が眺めている【名刀・秋穂】を見つめた。
「その刀は…、ボクの祖母の死体に突き刺さっていたものだよ。それが直接の死因ではないみたいだけど…、製作者には【鉄火斎】の名が刻まれていた…、だから、『鉄火斎に聞けば、あの村で何が起こったのかわかるかもしれない』って思ってね。こうやって旅を続けているんだ」
第146話に続く




