鉄火斎と心 その③
心のセックスが必要だ
3
「きゃああああああ! 変態ッ!」
「ぐへえ!」
山の中に、バチンッ! という、痛々しい音が響き渡った。
張り手を放ったのは心響心。
張り手を喰らったのは、市原架陰。
架陰は頬に、真っ赤な手形を残すと、目を回しながらその場に倒れこんだ。
「ふへえ…」
「架陰!」
二代目鉄火斎が彼の名を叫ぶ。
「あいつが! 一撃でやられただと?」
ぎりっと歯を食いしばる二代目鉄火斎。
素早く立ち上がると、自身の胸を抑え、顔を真っ赤にしている心響心を睨んだ。
「てめえ、よくも…、架陰を…!」
「ま、まって、待って!」
先ほどまでの威勢は何処へやら。心響心は、手をバタバタと振って、二代目鉄火斎の接近を拒んだ。
そんなのお構いなしの二代目鉄火斎。
「ああん? なに言ってやがる! 架陰の敵は、取らせてもらうぜ!」
そのまま、下駄で地面を蹴ると、心に飛び掛かった。
「往生しやがれ!」
「いやあああ!」
心響心は、くるっと踵を返すと、脱兎のごとく逃げ出した。
二代目鉄火斎は容赦なく彼を追いかける。
そして、先ほどの架陰同様、心響心の背中に飛びついた。
「きゃあっ!」
「わはははは! 観念しな!」
心響心を取り押さえるため、先ほどの架陰と同じように、彼の身体に手足を絡める。
その時だった。
むにい。
と、鉄火斎の手の中に、メリケン粉を握ったときのような柔らかい感触が残った。
「うん?」
その生まれて初めて触る感触に、二代目鉄火斎は首を傾げた。
むにむに、むにむに。
と、心の胸に付いているソレを揉む。
「あ、あ、ああ…」
心響心は、完全に硬直していた。
「や、やめろ…」
「うん? おい、てめえ、これって…」
「やめろおおおおお!」
電気に触れたように、びくっと動いた心は、振り向きざまに、二代目鉄火斎の顔面に張り手を食らわせた。
バチンッ! と、またしても乾いた音が響く。
二代目鉄火斎もまた、「ぐへえ!」と悲鳴をあげて、地面に背中を打ち付けた。
「てめ…、何を…」
最期まで言い切れず、首をガクッと折って力尽きた。
「はあ、はあ、はあ」
相変わらず顔を真っ赤にして、肩で息をする心響心。
くしゃくしゃになった髪の毛をかき上げると、苛立ちを隠しきれず、地団太を踏んだ。
「この! 変態どもめ! 女の胸を揉んで! 何が嬉しいんだよ!」
架陰が触れたもの。
二代目鉄火斎が揉んだもの。
それは、つまり、心響心の【胸部】。
つまり、心響心は【女の子】というわけだった。
「ああん! もう! せっかく強者っぽく雰囲気出してたのに! 台無しだわ!」
心響心は自分の胸に触れた。
「あんの馬鹿…、揉みまくりやがって…、おかげで、ブラのホックが外れたんですけど! おい! 聞いてんのか!」
「………」
「………」
二人とも気絶しているので、聴いていなかった。
ブラのホックが外れたおかげで、学ランを着ていてはわかりにくかった彼女の胸部のラインがくっきりと浮かび上がっている。
メリハリのついた、いわば「ナイスバディ」だった。
「ほんと、むかつく! このでかい乳! 重いし! 肩凝るし! 変な男どもに揉まれるし! 私は女だけど! 女じゃないっつーの!」
そう、ぷりぷりと怒りながら、白目を剥いている鉄火斎に歩み寄った。
「とりあえず、この男は連れていくか…」
学ランの内ポケットじゃらロープを取り出すと、鉄火斎の拘束を始める。
「ねえ」
掠れた真子の声がした。
振り返ると、真子が銃弾で撃ち抜かれた右肩を抑えながらそこに立っている。
心響心は、ぎろりと真子を睨んだ。
「なんだ? 斬られたいのか?」
「いや、そうじゃないッス」
出血のせいで、真子の目元は青白い。呼吸が辛いのか、喉の奥から木枯らしのような息が洩れていた。
「ブラのホック、直すけど…」
「え…」
そう言った真子は、背中に背負っていた矢のケースを地面に落とすと、脚を引きずりながら心響心に歩み寄った。
身構える心響心。
しかし、真子からは敵意を感じなかった。
「………」
むっとしながら、鉄火斎の拘束を中断して、真子に背を向けた。
真子はほっとため息をつくと、心響心の上着の下から手を入れて、外れた心響心のブラジャーをパチンッ! と留めた。
「……できたッスよ」
「あ、ありがとう」
心響心は頬を赤らめながら、ブラジャーの位置を整えた。
「いいなあ、私、胸が小さいッスから、『ブラのホックが外れる』なんて無いッスよ」
「あまり、いいものじゃないよ」
心響心は行き場のない感情をどうしたらいいかわからず、ただ、髪の毛をくしゃくしゃにした。
「その…、なに? ボクに何か用?」
「用っていうか…、教えて欲しいだけッス。どうして、君が、UМAを狩って回っているかを…」
第145話に続く




