スレンダーマン その②
細々と生きる我らに救いなどいらない
塀の下で忘れられる子犬のような日々こそ
我々の救いだ
2
スレンダーマンに操られた八坂が放つ銃弾を回避しながら、三人は山の中を駆け抜けた。
走りながら、真子が【スレンダーマン】について説明する。
「スレンダーマンは、【下級悪魔】に分類される、ランクAのUМAッス」
「ランクはAか…」
「はいッス。基本的に実体は持たず、対象に取り憑くことによって、身体を操ったり、幻覚を見せたりするッス!」
やること、成すことは、悪魔と変わらないようだ。
真子の博識と、八坂の反応の早さに疑問を抱いた架陰は、走りながら真子に聞いた。
「真子ちゃんと八坂君は、どうしてスレンダーマンのことを知っているの?」
「味斗さんが現役の頃に、一度スレンダーマンの手に掛かったことがあるッスよ」
日村味斗。
椿班の総司令官の男であり、桜班のアクアとは同期だった。
「味斗さんも、スレンダーマンに操られて仲間に迷惑を掛けたらしいッスから…、教訓として、私たちにはよくその話をしてくれたッス」
「それで…、スレンダーマンに取り憑かれた人間は、どうすればもとに戻るの?」
「意識を奪うしかないッス」
「意識を…、奪うのか!」
その瞬間、二代目鉄火斎が「よしきた!」と叫んで、身を捩って、くるっと方向を変えた。
迫る八坂の方に身体を向けると、腰の刀の柄に手を掛ける。
「楽勝じゃねえか! だったら、さっさと八坂を気絶させて、スレンダーマンを引きはがすぞ!」
「ダメッス!」
「は?」
ドンッ!
と銃声が響き渡る。
空間を裂くようにして飛来した鉄の弾丸が、二代目鉄火斎の肩を撃ち抜いた。
「くっ!」
肩にぽっかりと穴が空いて、赤黒い血が吹き出す。
よろめいたところを、八坂はもう一度、拳銃の引き金を引いた。
ドンッ!
「鉄火斎さん!」
鉄火斎の前に架陰が立ち、刀を振って弾丸を弾いた。
軌道が逸れた弾丸は、すぐ近くの木の幹に命中して、幹を砕く。
「二代目鉄火斎さん! こっちに!」
架陰は鉄火斎の腕を掴むと、後退して矢を構えていた真子に向かって走り出した。
スレンダーマンに操られている八坂は、ぬうっと、目元に影を差して、拳銃に新たな弾を装填した。
「させない!」
八坂が銃を発砲させまいと、架陰は能力を発動した。
「能力! 【魔影】ッ!」
刀をぐっと握ると、彼の体表から、黒い霧のような物質が湧き立つ。
それを、自分の意思のもと操って、刃に纏わせる。
「弐式! 【魔影刀】!!」
漆黒の刀を、地面に叩きつけた。
ボンッ!
と、木々の根や獣の往来で硬化した地面に、強力な衝撃波が伝う。
衝撃波が地面を割り、伸びた亀裂が八坂の足元を掬った。
ボゴンッ!
と、地面が隆起し、八坂の身体が大きく揺らぐ。
「よし!」
「逃げてください! 架陰兄さん!」
バランスを崩しながら、八坂がそう叫んだ。
その瞬間、彼が銃の引き金を引く。
ドンッ!
彼の拳銃の銃口から放たれた鉄の弾丸は、隆起した地面の隙間を掻い潜ると、架陰の脇腹を掠めた。
「くッ!」
脇腹が焼けるように熱くなる。
がくっと力が抜けて、その場に崩れ落ちた。
「嘘だろ…、あの、体勢から当ててくるのかよ…」
「架陰くん!」
真子が架陰の腕をとり、強く引っ張った。
「スレンダーマンは、取り憑いた相手の能力をそっくりそのままコピーするッス。八坂さんは、狙撃の天才ッス! 足元を崩すだけでは、確実に当ててくるッスよ!」
八坂の狙撃技術を甘く見ていた。
架陰は、血が滲む腹に力を込めると、刀を鞘に納めた。
「だったら、これならどうだ!」
刀を覆っていた魔影が剥がれて、今度は彼の脚に纏わりついた。
「弐式、魔影脚…」
架陰の膝から下の脚が、まるで悪魔のような黒い足となった。
架陰は、真子、二代目鉄火斎の腕を掴むと、魔影を纏わせた足で地面を強く蹴り込む。
衝撃波が三人を勢いよく上空にかち上げた。
どんな体勢からでも当ててくるならば、ここは圧倒的機動力とスピードで逃げるのみ。
「わわわわわ!」
突然上空に引っ張り上げられた真子は、白目を剥いてパニックを起こしていた。
架陰は右腕で真子をぎゅっと抱きしめて、彼女が真下を見ないようにした。左手に握った二代目鉄火斎はそのままで。
下をちらっと見ると、八坂からかなりの距離が開いていた。
「よし…、着陸するから…、しっかり掴まってて!」
空中で体勢を整えた架陰は、横方向に衝撃波を放って軌道を修正し、生い茂った緑の中に突っ込んでいった。
ガサガサと、木々の葉を散らしながら着陸する。
「ふぎゃ!」
放り出された二代目鉄火斎が、猫が踏みつぶされたような声を上げる。
両手が空いた架陰は、怖がっている真子をさらに強く抱きしめて、衝撃を緩和しながら着地した。
無事に着陸に成功したので、真子を離す。
真子は、「ひゃん!」と変な声を上げて腰を下ろし、「怖かったッス」と泣き声になった。
少し離れた茂みに顔面をめり込ませている二代目鉄火斎は放っておいて、架陰は頭に付いた葉っぱを払った。
「さて…、どうしたものか…」
その③に続く




