第19話 架陰VS鉄平 その②
僕は怪獣
水底で眠り
水面で息を吸う
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八坂は、300メートル離れた廃ビルの窓から、架陰と鉄平の戦いをライフルのスコープで眺めていた。
「お、桜のやつ、なかなかいい動きするじゃないか・・・」
「私にも見せろっス!」
横から真子が顔を近づけてきて、ライフルを奪おうとするので、八坂は真子を蹴りつけた。
「僕の恋人に触るな・・・」
「それ、まじで言ってるんスか?」
「まじだ。恋人と言うことで、僕のライフルへの愛を顕現している。お前のような大昔の武器とは違うんだ」
真子は口を風船のようにふくらませた。
「ふざけんなっス!! 私の天照は、最強っス!!」
壁に立てかけていた弓矢左手に取り、矢を弦にかける。
「おいおい・・・、本気で撃つ気か」
「本気っス! 日本人として生まれながら、日本人が生み出した心を忘れるやつには天誅っス!」
至近距離で弓矢を引き絞る真子に、八坂は「やれやれ」と深いため息をついた。
「言っておくが、銃だって、はるか昔、織田信長が」
「外国かぶれに言われたくないっス」
「お前とは話せないな・・・」
真子に反論するのが馬鹿らしくなった八坂は、真子を無視して、窓からまたスコープを覗いた。
ドンッ! と頭から30センチ上の壁に矢が突き立った。
「はいハズレ」
「わざと外したんスよ」
スコープを覗くとよく見える。架陰と、我らが班長の戦いが。
鉄平の目は血走り、獣のような八重歯が剥き出しになっている。動作が大きくなった。身体全身を使って桜班と戦っている。
「あの人・・・、完全に戦いに熱中してるよ」
「本当っスか?」
「ああ」
そう言って、八坂は隠し持っていた双眼鏡を真子に投げつけた。
「あるじゃないっスか」
何とかキャッチした真子も、双眼鏡から二人の戦いを眺めた。そして、「ああー」と呆れたような声をあげる。
「完全に熱中してまスね」
「仕方ないさ」
八坂はスコープから目を離すと、身体の力を抜いて壁にもたれかかった。
「戦闘狂なんだよ。うちの班長は」
「あの男の子が【死神】ではないですよね」
「違うな・・・」
八坂は赤スーツの内ポケットからフリスクを取り出して1粒口に放り込む。
「【死神】は、【大鎌】を持っていると聞いた」
「あ、私にもちょうだいっス」
「ほらよ」
「ミンティアが良かったっス」
「撃ち殺すぞ」
わがままな真子の言動に、本気でライフルを握った時だ。
窓の外から「きゃああああ!!」と女性の悲鳴が聞こえたのだ。
「!?」
「悲鳴っスよ」
「行こう」
八坂は立ち上がる。ライフルを肩に掛けた。
真子も同様に弓矢を持つ。
廃ビルなので、エレベーターもエスカレーターも動きを止めている。二人で、10階分の階段を駆け下りた。
悲鳴だけでは状況は理解できない。女性が暴漢に襲われているだけかもしれない。だが、二人は仮にもUMAハンター。UMAの襲撃という可能性も捨てきれなかった。
一階に下りた二人は、入る時に割っていたガラス扉から外に出た。
ビルの周りは、畑や田に囲まれた、殺風景な場所だった。道路を挟んで向かい側に木造の家が建っている。恐らく、悲鳴はここから聞こえたのだろう。
「行くぞ!」
「はいっス!!」
(農家・・・、強盗か?)
いや違う。
ブロック塀で作られた入口で、八坂は急ブレーキをかけて立ち止まった。遅れてきた真子が背中にぶつかる。
「痛・・・」
「血の匂いだ・・・」
そう言われて、真子も犬のようにくんくんと匂いを嗅いだ。確かに、血の匂いが漂っている。
「よし、行くぞ・・・」
八坂は唾を飲み込んで、歩を進めた。その後ろに張り付くように着いてくる真子を白白しく見る。
「お前、怖いの?」
「怖くないっス。八坂さんを盾にしようとしてるだけっス」
「お前・・・」
まあいい。先頭を歩くのがどちらか決めている暇は無い。
八坂は玄関の扉に手をかけた。力を込めるが、動かない。
「施錠はしているのか・・・」
ならば、裏から回ったのか。
小走りで家の裏に回ると・・・、案の定、ガラスの扉が割れていた。
「これは・・・」
しかし、異常な割れ方だ。強盗のように、クレセント錠の部分を割るのではなく、扉全体。まるで、熊が押し割ったように粉々に割れているのだ。
八坂は赤い革靴でガラス片を踏みながら中に入った。
物音はしない。
木造特有の畳の上を歩き、家の奥へと進んでいく。
そして、あるものを見てしまった。
「やっぱりな」
「八坂さん、これは・・・」
キッチン・・・、台所の床の上に、血の海が広がっていたのだ。
たった今湧き出したのか、生温かい澱んだ空気が漂っている。
これほどの血液ならば人は死んでいるだろう。しかし、死体が見当たらない。
「真子、死体を探せ」
「無いっスよ」
大して探しもせずに真子は首を横に振った。約立たずの真子に苛立ちながら、八坂は血の海に顔を近づけた。
「あった・・・」
生温かい液体に指を突っ込み、【指】を拾い上げる。
「喰われたみたいだな・・・」
目を逸らしていては見えない。細切れになった肉片があちこちに飛び散っている。
「ここまで血が広がっているんだ。敵の痕跡を探せ」
真子は辺りをキョロキョロと見回した。そして、「あっ!」と何かを見つける。
「八坂さん、あれっス」
指をさした先には、血の海から何かを引き摺った跡があった。それは、ズルズルと台所の水道まで続いている。
「水道!?」
八坂は血の海を避けながら水道に近づいた。普通なら、外に行くはずなのに。
「水道に、何があるんだ・・・?」
八坂は水道の排水溝に顔を近づけた。ここからも血の匂いが漂う。
その時だ。
排水溝の黒い穴から何かが飛び出す。
「っ!!」
八坂は何とか躱したが、鋭い何かに、頬を切られた。
「下がれっ!!」
「はいっ!!」
二人で床を蹴り、畳のある部屋まで後退する。
次の瞬間、ボンッ!! と水道が破裂し、大量の水が血の海を薄めながら床に広がって行った。
「なんだ、こいつ!?」
「能力持ちッスね!!」
椿班二人の戦いが始まる。
その③へ続く
ハンター図鑑
椿班三席【八坂銀二】(16)
体重 63キロ
身長 173センチ
とにかくライフルを愛している少年。愛銃は【NIGHT・BREAKER】。狙撃担当で、前線に出ることは無い。狙った獲物は逃さない正確な銃撃の持ち主だが、班長である鉄平を立てるために、自らは手を下さない。あくまでサポートしかしない。弓矢を愛している矢島真子のことを心底嫌っているが、同じ狙撃手のため、協力は避けられない。ライフルしか撃って来なかったため、肉弾戦にはめっぽう弱い。握力で真子に負けていることは誰にも言っていない。
サバゲー信者。
フリスク信者である。




