潜む陰 その②
影法師のつま先を踏んで
朝焼け小焼けに祈る月
土はかりっと香ばしく
青々風々楡の蛇
2
洞窟の中で蹲り、すうすうと眠っていた八坂が目を覚ました時、洞窟には朝日が差し込んでいた。
「朝か…」
一巡する前に夜が明けた。
身体をおもむろに起こす。土の上と言えど、身体が岩石のように固くなっていた。
真子はまだ口を大きく開けて眠っている。二代目鉄火斎と架陰は、今しがた起きたようで、寝ぼけ眼を擦っていた。
「うん?」
何かおかしいことに気が付いた八坂は、傍でいびきをかいている真子を叩き起こした。
「おいこら、真子!」
「ふえ?」
「お前…、見張りじゃないのか?」
「あ、ああ、ふわあ」
真子はボケた顔で欠伸をした。
「そうッスけど」
「じゃあ、なんで外に出てないんだよ」
「だって、外、怖いッス」
「餓鬼か! 餓鬼なのか!」
いや、こいつは元から餓鬼。というよりか「馬鹿」だった。
真子は鬱陶しそうに、八坂の手を払いのけた。
「うるさいッスねえ、UМAの気配なんて全くしなかったッスから、大丈夫ッスよ!」
「そういう問題じゃないんだよ!」
朝から怒鳴ったおかげで、八坂の頭に血が上り、頬が真っ赤に腫れあがる。
今すぐこの馬鹿女を撃ち殺したい気持ちを抑えながら、さらに激しく身体を揺さぶった。
「いいか、真子! 僕たちは、あくまで桜班の調査の援護だ! そんな無責任な態度をとるな! わかっているんだろうな! 架陰兄さんを困らせたら、鉄平さんが黙ってないぞ!」
「八坂さんは神経質ッスねえ」
「この馬鹿女…」
「まあまあ、八坂君」
見かねた架陰が、八坂を真子から引きはがした。
「大丈夫だよ。僕と、鉄火斎さんで見張っていたけど、特に異常は無かったから…」
そうですよね? 鉄火斎さん。
と、架陰が話を振ると、鉄火斎もこくっと頷いた。
「まあ、確かに、何も起きなかったな」
「起きなかった…?」
八坂は食い気味に架陰に詰め寄った。
「架陰兄さん、それって本当ですか? 何か、生き物の気配とか、感じませんでしたか?」
「気配? しなかったけど…」
「そうですか…」
八坂は風船が萎むように後ずさる。
架陰も、二代目鉄火斎も、何も見ていない。感じていない。
となると、最初に八坂が感じた、「生き物の気配」というやつは、ただの勘違いだったのだろうか?
任務に神経質になりすぎて、感覚が狂っていたのか?
(ありえなくはないか…)
八坂自身、自分の「神経質」さが時に度を越してしまうことが多々あることを理解していた。
今回も、それが招いた「幻聴」なのかもしれない…。
「八坂くん、何か気になることがあったの?」
「いや、なんでも…」
「異常無し?」
「はい、特に変わったことはありませんでした…」
自分が感じた気配に確証を持つことができなかった八坂は、架陰に嘘の報告をした。
それを聞いた架陰は、特別疑うような素振りは見せず、「そっか」と頷いた。
「そうか…、何も起きなかったか…」
「となると、この近くには、UМA狩りどころか、UМAも住み着いていないのかもしれませんね」
「そうだね。まあ、UМA自体早々遭遇するものじゃないから、仕方ないと言えばそれまでだけど…」
そう話していると、寝ぼけ眼の真子が口を開いた。
「目覚めが悪くなるッスから、とりあえず顔洗ましょうよ」
「………」
どこまで自由なんだ? この女。
洞窟を出た四人は、すぐ近くを流れていた小川で顔を洗い、サバイバルバッグの中に入っていたエネルギーゼリーで栄養補給をした。
「しかし…、UМAにも遭遇しないか…」
架陰は近くの岩に立ち、目を凝らして四方八方を見渡した。
入り組んだ地形で、草木も生い茂っているので、なかなか見通すことができない。
「UМAに会わないことには、UМA狩りを見つけることもできないぞ…」
「とりあえず、昨日見て回れなかったところを行きましょうよ。そうしたら、また何か変わってくるかもしれませんし」
「うん、そうだね」
八坂の提案に、架陰は快く頷いた。
水をがぶがぶと飲んでいる真子を見る。
「それでいいよね? 真子ちゃん」
「はい、いいッスよ!」
「よし、決まりだ」
少し休んで、日が完全に昇った頃に、四人はまた歩き始めた。
探すのは、UМA。
そして、そのUМAを餌にして、UМA狩りをおびき寄せること。
「ふわあ…」
未だに眠気が抜けきっていない真子が、大きな欠伸をした。
「眠いッスねえ」
「真子、わがまま言うな。気を引き締めていけ」
「八坂さんは、気を引き締め過ぎッスよ。もう少し楽にできないッスか? 動き、ガチガチッスよ?」
「うるさい。お前が言うな」
同じ狙撃手ということもあり、真子とはよく任務を任された。
長い間、彼女と一緒にいるからこそ、お互いの心境や体調が手に取るようにわかる。
真子はいつも通り、任務を楽観視して。
八坂はいつも通り気を引き締めている。
「くそ、やりにくいな」
八坂は静かに舌打ちをした。
その③に続く




