夜の秋穂 その③
世界に一つだけの秋穂
3
「大丈夫? 八坂くん!」
先に走っていった架陰が慌てて戻ってくる。
八坂はライフルの銃口を下ろすと、すくっと立ち上がった。
「はい、大丈夫です…」
「そう…、よかった」
「すみません」
八坂は素直に謝った。
「気配を感じたと思ったんですが…、勘違いだったみたいです」
「ううん、この山にはUМAが出るって話だから…、おかしくない話だと思う」
「いや…」
そういうことにしておいた。
やりきれない感じでライフルをバックにしまっていると、にやにやした真子が彼の肩をポンポンと叩いた。
「うひひひ、八坂さん、張り切っているんじゃないッスか?」
「そんなことないさ」
「張り切りすぎて、私の足を引っ張んないでくださいッスよ~」
「お前…、撃ち殺すぞ」
「おお、怖いッスね」
※
念のために、八坂が「視線を感じた」と呼ばれる茂みの中に足を踏み入れてみたが、やはり、何もいなかった。
逃げたのか…。
それとも、八坂の勘違いだったのか。
はたまた、「姿を消せる」能力でも持っているのか。
「とにかく、今は移動しよう」
「わかりました」
心の中に、小さな棘が刺さっているような不快感と共に、三人は再び歩き始めた。
すると、前方から二代目鉄火斎の声が聞こえた。
「おーい、何やってんだよ!」
顔を上げると、岩場の上に昇った鉄火斎が、炎を纏った刀を振ってこちらに合図を送っていた。
「こっち来いよ! 身を隠せそうな場所が見つかったぜ!」
「はい、わかりました」
架陰はこくっと頷くと、歩く足を速める。
八坂はうんざりして、俯いた。
(あの二代目鉄火斎って男…、馬鹿そうだな…)
先ほども、自分勝手に飛び出して行った。きっと、ろくな奴じゃない。
身を隠せる場所を見つけたって言ったって、どうせ、岩陰だろう。
(岩陰なら、他のUМAも寄ってくるからな、見つかりかねないぞ…)
とりあえず、呼ばれた岩場に向かった。
案の定。
と言うべきか、二代目鉄火斎が三人を案内したのは、岩場にぽっかりとあいた洞窟だった。
奥行きは、五メートルほど。地面が湿気ているものの、雨風は難なく防げそうな場所だ。
架陰も八坂と同じことを思ったのか、二代目鉄火斎に言った。
「二代目鉄火斎さん、もしかしたら、他のUМAの住処かもしれませんよ?」
「いや、大丈夫だな」
何故か自信満々に頷く。
「臭いが無い」
「臭い?」
二代目鉄火斎はにやっと笑って、自身の鼻を指した。
「オレは、十四年間山の中で暮らしているからな、鼻が発達しているんだよ」
「へえ、初耳」
「うん、言ってなかったからな」
「それで、鼻がいいと何ですか?」
「だから、この洞窟からは、獣の臭いがしねえんだよ」
二代目鉄火斎は地面の湿気た土を掬った。
「オレの嗅覚舐めんなよ。とにかく、暫くここに生き物は近づいていない。逆に、ここを出て少し歩いたら獣道になっているんだ。下手に動き回るよりも、確実にここを拠点にした方が一番だと思うぜ」
「そうですか」
架陰は振り返って、八坂と真子に意見を求めた。
「どう思う?」
「どう思うって言ったって…」
八坂は歯にものが挟まったような気分で頷いた。
「そうするしかないでしょうが」
真子もこくっと頷く。
「そうッスね! そうしましょうッス!」
ということで、その日の拠点は、その洞窟となった。
四畳ほどの空間に、四人が入る。
窮屈だったが、十分収まった。
「まあ、確実にUМAが襲って来ないとは限らないから、見張りは付けた方がいいかもな」
「ああ、そうしましょう」
架陰は、二代目鉄火斎の意見に素直に頷くと、サバイバルバックの中から、白いメモ帳を取り出し、手で四等分した。
「無難に、くじで決めましょう」
昼間はいいとして、獣たちが活動を開始する夜。
「二時間交代でいいですね」
「はい」
「それでいいッスよ」
四等分した紙に「一」「二」「三」「四」よかき込み、小さく折りたたんで、手の中でかき混ぜる。
そして、適当に全員に配布した。
くじを開ける。
「あ、僕は三番ですね」
架陰は「三」の数字を。
「僕は一だな」
八坂は「一」の数字を。
「お、オレは二か」
二代目鉄火斎は「二」の数字を。
「私は四ッス!」
真子は「四」となった。
「じゃあ、夜になったら、この数字の順番に、二時間ずつ見張りをしましょうか」
第141話に続く




