【第140話】 夜の秋穂 その①
収穫は夜に
命を奪われぬうちに
命を繋ぎとめる
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「じゃあ、とりあえず、今日の拠点を探しましょう」
「あ、ああ、そうだね」
八坂に促されて、架陰はこくこくと頷いた。
架陰に指図する八坂を見て、隣の真子はにんまりと笑い、彼の赤スーツの袖をつんつんと突いた。
「八坂さーん、どうしたんッスか? 今日はいつにも増して口数が多いじゃないッスか!」
「うるさい、真子、撃ち殺されたいのか?」
「じゃあ、射抜くまでッスけどね」
「よし、お前、弓を構えろ」
「受けて立とうじゃないッスか!」
早速喧嘩を始める、椿の狙撃手二人組。
この二人の仲が悪いことを、鉄平から聞かされていた架陰は、慌てて仲裁に入った。
「ちょっと、やめなよ! 二人とも」
「ん、ああ、すみません」
八坂はすぐに怒りを鎮めると、ライフルバックに伸ばしていた手を引っ込めた。
心の中で、「やれやれ」と頷く。
鉄平や山田、真子は、桜班の市原架陰のことを信用しているが…、自分はそうは思わない。
というよりも、「まだ信用できない」のだ。
(この人…、まだランクは【下っ端】。確かに強さでは班長格だけど…、未だに昇格できないのは、つまりそういうことだろうな)
ちらっと、架陰を見る。
あまり話したことが無い人間を前にして、冷や汗をかいた挙動不審の態度。
(まだ自分に自信が無いのか…、それとも、ただ謙虚なだけか…)
まあ、両方か。
(この人、鉄平さんのお気に入りだから、敬語を使っているけど…、お互い同じ年だからなあ…)
八坂は忠実な人間だった。
上司に「あれをしろ」と言われれば、素直にこれをする。
上司に「こうしろ」と言われれば、素直にこうする。
彼にとっての「上司」とは、つまり、椿班班長の【堂島鉄平】だった。
鉄平が、市原架陰を大事にしているから、彼のことを丁重に扱う。
そうじゃなければ、今頃「もう少しはっきり動けよ」と言っているところだ。
なんたって、先にUМAハンターになったのは八坂の方だ。
もちろん、真子も。
(とにかく、相手を不快にさせない程度に動くか…)
八坂はそう心に決めると、顔をあげた。
「架陰兄さん、どうします?」
「どうって…」
「できれば、UМAに見つからずに、UМA狩りの様子を伺える場所がいいんですけど」
「そうだなあ…」
架陰は顎に手をやって考え始めた瞬間、隣に控えていた二代目鉄火斎が、突然、脱兎のごとく走り始めた。
「わははははははは!」
「え、何やってんの?」
おだやかな架陰も、引き気味の顔をして鉄火斎の着物の裾を眼で追った。
鉄火斎は、餓鬼大将のような声で三人に手招きをする。
「おら! お前ら来いよ! 山の中での生活はオレに任せな!」
「ああ、そう言えば、二代目鉄火斎さんって、山の中に暮らしてたな…」
「え、あの人、そんなに野生人なんッスか?」
「そうッスよ」
乗りがいいのか、架陰は真子の口調を真似て頷いた。
「とにかく、野宿は、鉄火斎に任せた方がいいみたいだね。行こう! 二人とも!」
架陰も、真子と八坂に手招きして走り始めた。
真子は飼い主についていく馬鹿犬のように、「はいッス!」と頷くと、架陰の背中を追った。
取り残された八坂も、「ああ、もう」とめんどくさそうか顔をして走り出す。
「あの人、苦手だな…」
普段は無口な八坂だが、ちゃんと、腹の中に「思考」を兼ね備えている。
特に、山のような入り組んだ地形での任務になると、彼はいつにも増して冷静になった。
「サバイバルゲームなら、あまりいい行動とは言えないな…。仲間に迷惑を掛ける…」
そんなことをぶつぶつと言いながらも、山へと入っていく。
靴ででこぼこの斜面を踏みしめて、一気に駆け上った。
その時だった。
「…ッ!」
八坂は、首筋に刺すような視線を感じ取った。
反射で身体が動き、その場に転がる。
身体を反転させて起こす拍子に、背中のライフルバックを胸の前に移動させて、素早く中の本体を握った。
銃口を、視線を受けた方向に向ける。
「………」
「八坂さん?」
「真子! 弓を構えろ! 何かが茂みの中にいる!」
「ふえ?」
なんだ?
八坂は背中にじとっとした汗を感じた。
勘違いではない。
今の視線…、明らかに、何かがこの茂みの奥にいる…。
べたっとした唾を飲み込み、ライフルの引き金に手を掛けた。
ちらっと見れば、真子も弓に矢を掛けて構えていた。架陰も、腰の刀に手を掛けている。二代目鉄火斎はどこかに走って消えていた。
「………」
「………」
「………」
沈黙が続く。
数十秒、茂みの奥の「何か」と睨み合った後、八坂は静かに銃口を下ろした。
「…消えた?」
一瞬で緊張の糸が切れる。
真子が駆け寄ってきた。
「どうしたんスか?」
「いや…、僕の勘違いか?」
確かめようにも、もう茂みから視線は感じなかった。
その②に続く
この話の前日譚となる【番外編・真子の奇妙な冒険】も読んでください




