新章・名刀・秋穂編 開幕 その③
生きるために戦えなんて
愚かなことは言わない
生きるために逃げろなんて
愚かなことは言わない
私はただ有象無象の中で
生きていたいだけだ
3
「さて、ついたよ」
アクアの運転するワゴン車は、とある山の入り口で停車した。
「山ですか?」
「うん、山」
ドアが開いたので、とりあえず、架陰と真子、八坂に、二代目鉄火斎は降車した。
アクアも一度外に出ると、今回の任務を改めて四人に説明した。
「この山の中には、UМAが多数生息しているからね。命を狙われた時は戦ってもいいけど、基本的に身を隠してね」
「身を隠すんですか?」
「そうよ。今回の任務は、あくまで『UМA狩り』の正体を明かすこと。できれば捕縛してほしいわ」
「ってことは、そのUМA狩りが、この山の中にUМAを狩りに入ってきたところを、捕まえるってことですか…」
「うん、そうね」
「人間を捕まえるのか…」
ハンターフェスで、UМAハンターたちと沢山刃を交えたものの、やはり、対人戦は得意じゃない。
あまり気乗りしないでいると、アクアが彼の肩をぽんぽんと叩いた。
「まあ、架陰は本調子じゃないから、ほどほどでいいよ。そのために、真子ちゃんと八坂君、二代目鉄火斎を呼んだんだから」
「はあ…」
しかし、呼ばれた以上は活躍しなければならない。という気持ちが架陰の中にはあった。
「はい、三日分の食料」
アクアはワゴン車の荷台を開けると、ナップサックに入った四人分のサバイバルセットを取り出して、各々に配布した。
「ありがとうございます…」
早速中を見てみると、固形食糧や救急道具、タオルに、三日分の回復薬までもが入っていた。
中を覗き込んだ真子が「ええ…」と不満げな声を上げた。
「回復薬…【桜餅】ッスか?」
傷をたちどころに回復させる【回復薬】は、各班の名前にあったものが配布される。
椿班なら【椿油】。
薔薇班なら【薔薇香水】。
そして、桜班なら【桜餅】だ。
真子は、渡された回復薬が、自分たちが使っている【椿油】では無かったことが気に入らなかったようだ。
「椿油はないッスか?」
「ごめんね。私が用意した奴だから…、さすがに椿油は無理だった」
なんなら変えてこようか? とアクアは提案したが、真子は聞き分けがよく「これでいいッス」と頷いた。
全員にサバイバルセットが行き渡ったところで、アクアは話を続けた。
「じゃあ、任務の期間は三日間ね。三日経っても、対象が現れなかったら、素直に撤退ね。問題が起きたら、いつでもトランシーバーを使って連絡をしてきてちょうだい」
「はい!」
「はい…」
「はいッス!」
「りょーかい」
アクアは「じゃあ、グッドラック」と言い残すと、ワゴン車の中に戻ってしまった。
車の後部座席の窓が降りて、カレンがひょいっと顔を出す。
「じゃあ、頑張ってね! 架陰くん!」
「はい、頑張ります!」
ワゴン車はゆっくりと走り出すと、元来た道へと消えていった。
エンジン音が聞こえなくなった瞬間、その場は一瞬で鎮まり返る。
「ええと…」
架陰は若干緊張しながら口を開いた。
「とりあえず…、動く?」
恐る恐る、確かめるように言う。
二代目鉄火斎とはよく刀の件で話をしているので慣れていたが、椿班のこの二人は違った。
椿班・三席【八坂銀二】。ライフルを愛用する狙撃手。
さらには、椿班・四席【矢島真子】。彼女は弓矢を得意とする狙撃手だ。
最初に彼らと戦った時は、その正確な狙撃術に肝を冷やした覚えがある。
椿班とは交流があるが、架陰はほとんどを、班長の鉄平としか話したことが無かった。かれらは、鉄平の後ろに控える「部下」って感じ。
「まあ、待ってください」
目つきの悪い八坂が口を開いた。
「対象が人間とは言え…、戦闘は頭の中に置いておいた方がいいでしょう」
「あ、ああ、そうだね」
「即席のチームですが…、役割は決めておきましょう」
そう言うと、八坂は背中に背負っていたライフルバックを地面に置いた。
「架陰兄さん。僕の武器は【ライフル】です」
そして、隣の真子を指さす。
「こいつは、【弓】。何度も一緒になってわかっていると思いますが、基本的に狙撃しかできません」
「うん、わかっている」
「まあ、近接の体術も教わっていますが…、あまり期待しないでください」
「ああ、わかったよ」
八坂は「それで」と言って続けた。
「架陰兄さんの武器が【刀】ということは理解済みです。近接、行けますよね?」
「うん」
期待するような目を向けられて、架陰は少し嬉しそうに頷いた。
「前線は僕に任せてよ」
「ありがとうございます。じゃあ…」
そう言って、架陰の隣にいた二代目鉄火斎を一瞥する八坂。
「ええと…、二代目鉄火斎さんですよね。武器は…」
「オレはもちろん刀だぜ!」
いつも不機嫌そうにしている二代目鉄火斎が、きょうはえらく元気な口調で頷いた。
「だが、UМAとの戦いは慣れてねえから、あまり前線には行きたくないぜ」
「そうですか」
八坂はどこか物足りなさそうな顔をした。
すかさず、二代目鉄火斎が付け加える。
「だが、能力持ちだから、中距離の戦いもできるぜ」
「そうですか…」
これで、役割は決まった。
し切ってくれた八坂に感謝しながら、架陰は前線を率いるリーダーとして、話をまとめた。
「前線が僕で…、中距離が二代目鉄火斎さん。狙撃が、八坂君と真子ちゃんでいいね」
「はい」
「はいッス!」
「ふふふ、任せときなア!」
第140話に続く




