【第139話】 新章・名刀・秋穂編 開幕 その①
あの名月が悠久ではないように
僕の命も散りゆきて
鎌で取り刈り取る
秋の稲穂を
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カレン奪還作戦から、一か月が経過した。
その一か月間、架陰は身体中を包帯でぐるぐる巻きにされて、病院のベッドの上に寝かされていた。
病院の先生曰く、「普通死んでるよ?」だった。
そりゃそうか。と、ベッドの上で合点する。
内臓は破裂して、あばらは折れて、皮膚は裂けて、足の骨は粉々に砕けて…。
回復薬である桜餅を毎日食べたとしても、完治するのに一か月かかっていた。
そして、退院の日。
「よし! やっと外に出られる!」
学ランに着替えた架陰は、一か月の治療期間でふやけた身体に鞭を打ち、勢いよく病院の外に飛び出した。
「おかえり、架陰」
「おかえりなさい。架陰」
待ち構えていたのは、黒いスーツに身を包んだアクアと、制服を着たカレンだった。
「……」
三人の間を、ひゅうっと冷たい風が吹き抜ける。
わかり切ったことだったが、架陰は一応聞いた。
「あの、アクアさん…、響也さんと、クロナさんは?」
「ああ、あの二人なら、本拠地のほうでのんびりしてるよ」
「ああ、そう」
「なに? お出迎えしてほしかったの?」
「ほしかったです!」
「私とカレンで我慢しなさい」
いや、我慢とかそういう話じゃないような気もするが。
すると、カレンがアクアより半歩前に出て、架陰の病院生活で伸びきった髪の毛を撫でた。
「架陰くん。元気になってよかったわ。もう、痛いところは無いの?」
その、慈愛の女神のような口調に、架陰は一瞬どきっとした。
しどろもどろになりながら頷く。
「は、はい…、もう、十分休みましたから…」
「そう、良かった」
「カレンさんは、怪我の方は大丈夫なんですか?」
「うん。大丈夫よ」
カレンは「この通り」と言って、制服の袖から細腕を覗かせて、ぐるぐると回した。
「君のおかげよ。君が、私を正気に戻してくれたから」
「あ、ああ、はあ…」
あまり素直に頷けなかった。
確かに、カレン奪還作戦の時、架陰は暴走したカレンを身を挺して止めることに成功した。しかし、あくまで「鎮めた」だけだ。
カレンに取り憑いていた悪魔は…、彼が取り込むよりも先に、悪魔の堕彗児らによって奪われてしまった。
「だから、私は、こうやって【城之内カレン】として生きていられるの」
「はい…」
「ありがとうね」
「はい」
難しいことを考えるのは、一旦やめにしよう。
いまは、喜ぶべきだ。カレンが元に戻ったことと、自分の怪我が治ったこと。
そして…。
「おーい! 架陰!」
病院の駐車場から、着物を着た男が走ってきた。
二代目鉄火斎だった。
「鉄火斎さん!」
「よお、久しぶりだな!」
二代目鉄火斎は、息を切らしながらカレン、架陰、アクアの元に駆け寄った。
出会い、開口一番「できたぜ!」と言った。
彼の手に握られていたのは、細長い杉の木の箱だった。
中に何が入っているのか、簡単に察せた架陰は、ぱあっと顔を明るくして、二代目鉄火斎から木箱を受け取った。
「できたんですね!」
「おう、できたぜ!」
木箱を受け取ると、早速、巻かれていた紐を取り払い、上蓋を開ける。
中には、一本の刀が収められていた。
天の川を切り取ったような、藍色の煌びやかな鞘。そこに収められている、一刃。柄は、周りの光を吸収する深みのある黒い柄紐で装飾されており。鍔には桜の文様があしらわれていた。
「それが、完全版の【名刀・夜桜】だ」
「抜いてみていいですか?」
「今は人前だからやめてくれ」
「ああ、そうか」
抜きたくなる衝動を抑えて、架陰は、刀の外観をうっとりと眺めた。
「いやあ、すごいなあ。綺麗だなあ」
「それと、これだな」
二代目鉄火斎は、背中に背負っていた、もう一つの木箱を架陰に渡した。
「これは?」
「そいつは、今朝オレの家の前に置かれていたんだ」
名刀夜桜が入った木箱を脇に抱えて、鉄火斎に渡されたもう一つの木箱を開ける。
そこには、【名刀・赫夜】が入っていた。
「あれ? これって…」
「名刀・赫夜だな」
「いや、僕、鬼丸との戦いで折られているんですよ?」
「だから…、誰かが打ちなおしたんだろうよ」
二代目鉄火斎は眉間に皺を寄せて言った。
「そいつは、おそらく、オレの師匠の一代目鉄火斎が打ったものだな」
「そうみたいですね」
刀をまじまじと見つめる。
何処からどう見ても、名刀赫夜だ。
「でも、なんで?」
「オレにもわからん」
二代目鉄火斎はお手上げと言わんばかりに、両手を上に上げた。
「とにかく、魔影の能力を使わない時は、いつものように、その【赫夜】を使うといいさ。夜桜は、威力が高い分、体力の消耗が激しくなる」
「わかりました…」
その②に続く




