終幕 その③
永遠が私の終着で
永劫が貴方の始発だと言うのなら
岩陰の蛇は林檎などねだらなかったのに
3
悪魔の堕彗児、及び、UМAハンターが撤退した後。
激しい戦いが繰り広げられた町に、ある男が降り立った。
「ふう…、なかなかいいものを見せてもらったじゃないか…」
180センチはあろう高身長に、金色の髪。鼻筋の通った端正な顔立ち。一点の汚れも無い、純白の白衣を身に纏っていた。
UМAハンター、四天王の【スフィンクス・グリドール】だった。
スフィンクス・グリドールは、さらっとした髪の毛を撫でると、地面に残った、架陰の【悪魔大翼】の痕を愛おしそうに眺めた。
「ハンターフェスの時よりも、威力が向上しているのか。すばらしいじゃないか」
抉れた地面の土を掬い、臭いを嗅ぐ。
「ただの土か。物質に纏わせて戦う能力だけど、さすがに、命中した場所に残穢がのこるわけじゃないのか…」
そうこうしていると、マッドサイエンティストである彼の背後に、誰かが立った。
「グリドール様…、準備ができました」
「ああ、ご苦労」
振り返ると、そこには、制服を身に纏った一人の少女が立っていた。
闇を切り取ったかのような、黒い髪の毛に、幼さが残る小柄な身体。スカートから覗く脚は、病人のように細かった。
少女がスフィンクス・グリドールに一礼した。
「いつでも、始められます」
「そうか。タイミングが来たら指示をするから、その時まではのんびりとしていなさい。三崎」
「かしこまりました」
少女の名前は【三崎】と言った。
「かならず、スフィンクス・グリドール様のお役に立って見せます」
「うん、期待してるよ」
なにか良からぬことを画策していたスフィンクス・グリドールは、「さてと」と、手についた泥を払いのけて、首だけで振り返った。
「そろそろ、始められるね…」
電柱に、誰かが縄で縛りつけられている。
鮮血のように赤いスーツを身に纏い、熊のように大柄な身体。優等生が着けそうな、丸い眼鏡を掛けている。
椿班・副班長・【山田豪鬼】だった。
縛りつけられていた山田は、メガネ越しにスフィンクス・グリドールを睨んだ。
「スフィンクス・グリドール殿、何の真似ですか?」
「うん、うるさい」
その瞬間、スフィンクス・グリドールは、右手の平を山田豪鬼に向けた。
手のひらの皮膚が裂けて、中から大きな目玉が顔を出す。
「能力…千里眼…【蛇睨】…」
手の中の目玉が、山田を睨む。
途端に、山田の身体は引きつったように動かなくなった。
「くっ!」
「僕は四天王だよ? 四天王の僕に逆らうことはやめた方がいいなあ。椿の副班長」
「……」
「そう睨まないでよ」
スフィンクス・グリドールは、顔にべったりと笑顔を貼りつけて言った。
背後に控えている三崎に指示をする。
「三崎、できるな?」
「もちろんです」
三崎はこくっと頷くと、スフィンクス・グリドールを追い越して、山田の前に立った。
「山田様、少し、失礼します」
小さな手のひらを、山田の脳天に翳した。
「能力【複製】…!」
その瞬間、少女の手のひらから、青白い光が放たれ、山田の顔を包み込んだ。
頭蓋骨を砕いて、直接脳に触れられているかのような不快感が、山田を襲った。
「く、く…、うう…」
思わず、いつものすまし顔が歪む。
三崎は「じっとしていてください」と言うと、さらに山田の額に手のひらを押し付けた。
謎の時間は、十分ほど続いた。
「何か」を済ませた少女は、すっと手を引く。
「完了です」
「一体…、何を…」
「もうすぐわかりますよ」
三崎の指先が、ぼやっと光った。
その光を、彼女のこめかみに押し付ける。
「能力…【転写】…」
その瞬間、三崎の端正な顔が、ぼこっと歪んだ。
それだけじゃない。肩から、肘、腕、指先にかけての
肉が膨れ上がり、彼女の美しい容姿を一瞬で崩した。
「っ!」
三崎の身体の肉が、ぼこぼこと、泡立つように蠢き、原型が無くなる。
「これは…!」
「おもしろいだろ?」
山田は、目の前で起こっている光景に、息を呑んだ。
「私…?」
三崎の姿が変貌し、山田の筋肉隆々の熊のような身体になる。
「そうですよ、山田様です」
声も、見た目も、瓜二つだった。
スフィンクスが、にこやかに、山田の姿になった三崎の頭を撫でた。
「これが、彼女の能力、【複製・転写】。手のひらでスキャンしたものの姿に変わることができるんだ」
「それで、何をするつもりですか!」
「決まっている」
スフィンクス・グリドールは冷酷に言い放った。
「三崎を、椿班に潜伏させるんだよ」
「っ!」
「そろそろ、始まるよ。僕の計画が…」
スフィンクス・グリドールは、不敵な笑みを浮かべた。
城之内カレン奪還編…完結
次回より
新章【名刀・秋穂編】開幕!




