終幕 その②
命二つ差し出して
下弦の月に祈る冬
ぺろりぺろりと心の臓
命ある者とおりゃんせ
2
「また会おう」
そう言い残すと、鬼丸はよろめきながら立ち上がり、破壊つくされた道の向こうへと歩いていってしまった。
その背中が見えなくなると、架陰は、海から上がった時のように、深いため息をついた。
「お、終わった…」
「お疲れ様」
ビルの陰から、スーツを着たアクアが、手を叩きながら出てきた。
「アクアさん…」
「ほら、回復薬」
そう言って、アクアはスーツの内ポケットから【回復薬・桜餅】を取り出して、架陰に投げた。
何とかキャッチしたものの、指先に力が入らず、ぽろりと落ちる。
「あ…、すみません」
「いや、いいの。ごめんね」
アクアは地面に転がった桜餅を拾い上げると、封を切って、中の餅を指でちぎった。
「食べられるかしら」
「はい、なんとか」
「食べないと死ぬよ」
「食べます」
アクアが、架陰の口元に、餅の切れ端を持っていく。
何とかそれに噛みつくと、べたっとした餅を咀嚼して、飲み込んだ。
途端に、胃の中がかっかと熱くなり、傷ついた身体の回復が始まる。
「あくまで応急処置だから…、全快には一週間は必要ね」
「はい」
一週間では足りない気がした。
とにかく身体がだるい。
足の骨は折れてるし、あばらも折れて肺に刺さっているし、内臓は潰れるし、皮膚は裂けて痛いし…。
アクアは架陰の泥だらけの頭を撫でた。
「とにかく、よくやったわね」
「いや…、ダメでした」
架陰は首を横に振る。
「カレンさんに取り憑いていた悪魔を…、奴らに奪われました…」
カレンの悪魔を吸収した、【王】は、今後力を付けて再び襲撃してくることだろう。
その時は、また止められるのか…。
顔を曇らせる架陰に、アクアは言った。
「なんにせよ…、カレンは助かったわ」
「……」
「あのままだったら、カレンは悪魔の堕彗児に連れ去られて、何をされたかわかったもんじゃない…、それに、暴走だって止められなかった…」
「……」
アクアは、年上の余裕を持って架陰の胸を叩いた。
「胸を張りなさい。あなたは、人を助けたんだから」
「そう…、ですね」
「ほら、立てる? 帰るわよ」
「いや、足の骨が粉々でして…」
「ええ? なんで?」
「魔影で加速したときの反動が…」
「しっかりしてよね」
そうこうしていると、「おーい」と、二人を呼ぶ声が聞こえた。
声の方に目を向けると、道路の向こうから、二代目鉄火斎が手を大きく振りながら走ってくるのがわかった。
「あ、鉄火斎さん! 何処に行っていたんですか?」
「そりゃあ、戦いが激しすぎたから、避難してたに決まってんだろ」
二代目鉄火斎の着物は、砂埃で黄土色に汚れていた。
それをぱっぱと払って、鉄火斎が架陰に駆け寄る。
アクアが「丁度良かった」と言った。
「鉄火斎。架陰が動けないみたいだから、運ぶの手伝ってね」
「ん? ああ、わかった」
鉄火斎は、倒壊しかけたビルの中に入っていって、災害用の担架を担いで戻ってきた。
その上に、架陰をそっと寝かせる。
アクアと鉄火斎が、それぞれ端を持って、担架を持ち上げた。
「見ろよ」
鉄火斎が道の端に顎を向けていった。
「町全体を覆ってた肉の壁みたいなのが、きれいさっぱり消えてるぜ」
「ああ…、悪魔の堕彗児の【蜻蛉】の、陽炎の能力か…」
「ってことは、本当に撤退したってことね…」
「いやあ、総力戦だったなあ」
悪魔の堕彗児と、UМAハンターたちの、全面戦争。
彼らを退けたという点では、「UМAハンター」たちの勝利と言いたいところだったが、カレンの悪魔を奪われたことは大きな損失だった。
(もしも、僕がカレンさんの悪魔を奪えていたら…)
悶々としていると、鉄火斎が口を開いた。
「で、どうだった?」
「ん?」
「ん? じゃねえよ。オレの造った新しい刀のことだよ」
「ああ、これですか」
架陰は、右手に強く握り締めた、柄だけの刀を見た。
名刀夜桜。
使い手である架陰が、能力を発動した時にだけ、その漆黒の刀身を作り出す、強力な逸品だ。
「凄かったです」
「だろ?」
「魔影で刀身を作るので、まず、折れません…。ひと振りしたときのエネルギーの出力も、桁違いでした」
「だろだろ?」
鉄火斎は鼻を高くしていた。
「まだ試作品の段階だが、それで鬼丸に勝ったことは、大きな戦績だ。さすが、オレの刀だな」
「まあでも、魔影の能力が切れたら、刀身が消えるのは少し不便かもしれません。雑魚と戦うときは、基本的に体術だけで何とかしているので…、コストパフォーマンスはよくないかも」
「まあ、それは追々解決していくとするよ」
その③に続く




