【第138話】 終幕 その①
これにて御免
薔薇の園にてお待ちする
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「はあ…、はあ…、はあ…」
つい数十秒前までは、殺気と爆音が交差する、まさに地獄のような戦場が、架陰の命がけの一撃により、一瞬で鎮まり返った。
戦いの爪痕は深く辺りに残っていた。
地面のアスファルトが抉れ、中の赤土や水道管がむき出しになっている。
四方を取り囲むビルには、雷が走ったかのような亀裂が広がり、パラパラと瓦礫が落ちてくる。
全体的に煙っぽくて、彼の鼻の奥をくすぐった。
「はあ…、はあ…、はあ」
その瞬間、架陰が握っていた刀の黒い刀身が消え失せた。
柄だけとなる刀。
それを合図に、彼の身体を覆っていた魔影が消え失せる。
「はあ、はあ、はあ…」
がくっと膝を折った架陰は、その場に倒れこんだ。
「能力が、もう使えない…」
身体が、もう動かない。
ピキピキと、脚の骨が軋む。
「あ、あ、ああ…」
やまびこのように遅れてやってきた痛みに、架陰は白目を剥いた。
「能力の…、反動…!」
激痛のあまり、悲鳴を上げようとした瞬間、喉の奥から、血反吐が噴水のように吹き出した。
「が、あ、ああ…」
血で喉の奥が詰まる。
咄嗟に、自分の胸を強く叩いて血の塊を吐き出した。
「はあ、はあ、はあ、はあ…」
苦しい。
いや、苦しいなんてものじゃない。
死にそうだった。
「死ぬ…、死にそう…」
そう弱音を吐いた瞬間、彼の耳元で、悪魔が笑った。
(ソノクライデ死ヌモノカ)
「いやいや、死ぬって…」
もう、色々無理だった。
脚の骨は粉々に砕けているし、内臓は破裂してるし、出血は止まらないし。
「ああ、だめだ…、僕はもう死ぬ…」
先ほどまでの威勢は何処へやら。
架陰はがっくりと肩を落として弱音を吐いた。
「あ、ダメだダメだ」
思いなおして、すぐに顔を上げる。
「鬼丸は、どうなった…?」
架陰の全身全霊の一撃で吹き飛ばした鬼丸。
もう襲ってこないということは、戦闘不能に陥っていることは明白だった。
「探さないと…」
架陰は、腕を使って地面を這うと、鬼丸を探し始めた。
首を上げて、きょろきょろと辺りを見渡す。
すると、背後で土を踏みつける音がした。
「見事だった…」
鬼丸の声。
首を捩じって振り返ると、そこには、先ほどまで架陰と死闘を繰り広げた鬼丸が立っていた。
ただし、右腕が消し飛んで、ぐちゃっと潰れた断面から血が滴っている。
お互いに、もう武器を握れる状態では無かったのだ。
「鬼丸…!」
「市原架陰…」
鬼丸は、肩口から血を流しながら架陰を一瞥した。
「残念だったな…」
「………」
鬼丸はにやっと笑った。
「元より、私の目的は、王が悪魔を吸収する時間を稼ぐことだ…」
悪魔の堕彗児らが、「王」と慕う男によって、城之内カレンに取り憑いていた悪魔が奪われた。
それを、架陰は奪還しようとしたが、鬼丸によって阻まれたために、この戦いは始まったのだ。
鬼丸は言った。
「この戦い、私たちの勝ちだ。王は、悪魔を完全に吸収した。今は、他の悪魔の堕彗児らと逃げている」
「………」
見れば、鬼丸の左手には、粉々に砕かれた刀の柄が握られていた。
鬼丸は勝利を宣言した後、静かに言った。
「楽しかったぞ…」
「………」
架陰は息を呑んだ。
鬼丸はふうっと息を吐き、血だらけの身体を引きずりながら、倒れている架陰に歩み寄った。
どかっと、彼の隣に腰を下ろす鬼丸。
「素直に言おう。楽しかった」
「ああ、僕も楽しかったよ…、ありがとう」
お互いの健闘をたたえた後、鬼丸はあることを言った。
「悪魔の堕彗児らは…、皆、迫害されて来た者だ…」
「………」
「わかるだろう? お前の体内に、我々を作った元凶がいるのだから…」
架陰はそっと自分の胸に手を当てた。
鬼丸は、世界中にDVLウイルスをばらまいた悪魔のことを言っていた。
悪魔によって放たれたDVLウイルスは、生物の突然変異を促す効果を持っている。蜘蛛ならば巨大化し、樹木は意思を持ち、牛や山羊は人のようになる。
そして、人間は、「悪魔の堕彗児」と呼ばれる、人間とUМAの力をあわせもつ生物になる。
鬼丸は、ふっと息を吐いた。
「私は、DVLウイルスによって、身体を【鬼】の形に変えられてしまった…。それで、処刑対象になってしまった…」
「………」
「だが、死にかけた私を救ってくれたのが、【王】だ」
鬼丸の口から、どろっとした血が流れる。
にちゃっとした音を立てながら、鬼丸は続けた。
「私たちにとって…、王は【王】だ。これから先も、私たちは王のために、お前の悪魔を狙い続ける」
そう言うと、ぼろぼろの身体に鞭を打って立ち上がった。
「架陰、また会おう…、次は、必ず勝つ…」
その②に続く




