魔影・伍式 その③
生き方を教える代わりに
幸福に死ぬ方法を
3
「全然…」
架陰はそう強がったものの、やはり、身体は悲鳴を上げていた。
魔影を発動しているせいで、痛覚が鈍くなっている。
このまま、戦えば、確実に最後には肉片になっている自信があった。
死ぬのは嫌だ。もっと戦っていたい。
「難儀なものだね」
架陰はそう洩らしていた。
すると、彼の精神に取り憑いている悪魔が答えた。
(オマエモソウ思ウカ?)
「うん、そう思うよ」
戦いたい。
もっと戦っていたい。
血肉が飛び散ろうと、骨が砕けようと、跡形残らなくても、そのすべてを取り払った先にある、「魂」が削れ合うまで、この愉悦を感じていたい。
そのためには、この「人間の身体」は、脆すぎる。
「さあ、決着と行こうか」
架陰は【名刀・夜桜】を構えた。
柄を握り締めて、精神を集中する。
バチッ、バチッと、魔影で構成された刃の表面を、黒い閃光が走った。
にやっと笑う。
鬼丸もまた、にいっと笑った。
「覚悟はいいな?」
「とっくの昔に」
次の瞬間、架陰が刀を虚空に向かって振り下ろした。
「【悪魔大翼】ッ!」
刃から、悪魔が翼を広げたような、漆黒の斬撃が放たれる。
鬼丸は金棒の表面にエネルギーを蓄積させると、エネルギーを纏ったそれで、斬撃を受け止めた。
「ッ!」
歯を食いしばって踏ん張り、後方に弾く。
その隙に間を詰めた架陰は、鬼丸の懐に潜り込み、刀を切り上げた。
しかし、それを読んでか、鬼丸は上体をのけ反らせて躱す。
「くッ!」
流れるような動きで、鬼丸の回し蹴りが架陰の脇腹に叩きこまれる。
ビキキッ!
と、あばらが砕ける音がした。
痛みに耐え、踏ん張る。
鬼丸の脚を掴むと、魔影の反動を利用して、上空に投げ飛ばした。
「これで終わりだよ!」
刀を下段に構える。
「全てを、この一撃に込めてやる!」
その瞬間、彼の腕、脚、胴回りを覆っていた魔影たちが、一斉に動き出し、【名刀・夜桜】の漆黒の刃に集結を始めた。
全長、約十メートルほどの、巨大な刃となった。
空中でそれを見た鬼丸は、「おもしろい!」と笑った。
「全ての魔影を刃に収束させて、一撃で私を仕留めに来るか!」
「ああ! お前も構えろ!」
「言われなくとも!」
空中で体勢を整えると、金棒に全てのエネルギーを集中させた。
墨汁のような色をした金棒が、鮮血のような赤色に変わる。
表面を、赤い閃光が駆け抜け、辺りの空気を揺らした。
「行くぞ?」
「ああ!」
これで終わらせる。
この一撃で、倒す。
その一心で、二人は、武器を振った。
「【悪魔大翼・獣陰】ッ!」
「【鬼雷砲・白桃】ッ!」
架陰の斬り上げた刃から、夜を喰らったような、漆黒の斬撃が。
鬼丸の振り下ろした金棒から、世界の滅亡を見ているような赤い衝撃波が放たれる。
まともに喰らえば命が無いであろう、二人の決死の一撃が、衝突する。
その瞬間、未だかつてない衝撃が辺りに飛散した。
地面のアスファルトは捲れ上がり、ビルの壁は土のようにぼろぼろと砕ける。
植え込みの木々の葉は虚しく飛び散り、小さな羽虫たちは何が起こっているのか理解できぬまま、飛んできた破片に潰された。
暴発した衝撃波が、架陰の顔面に命中した。
ブシュッ!
と、鋭い痛みがしたかと思えば、彼の右目から頬に掛けて、雷が落ちたかのような亀裂が入り、血が吹き出した。
右目が見えなくなる。
「くそが!」
視界の半分が赤く染まる中、架陰は踏ん張った。
(意識を途切れさせるな!)
鬼丸はまだ空中に留まり、衝撃波を放ち続けている。
架陰の斬撃はまだ相殺されていない。このまま、意識を保ち続けて、押し切ればいい。
「押しきれ!」
ドンッ!
と、地面を踏み込む。
砕けた破片が浮かび上がり、砂塵がちろちろと舞った。
「おおおおおおおおおりゃああああああああああああッつッつッ!」
刀を振り切る。
その瞬間、ガシャンッ! と、ガラスが割れるような音と共に、鬼丸の放った衝撃波の形が歪んだ。
「ッ!」
鬼丸の顔が、一瞬で困惑に包まれる。
「私の業が…!」
「終わりだアアアアああああああッ!」
衝撃波を打ち破った黒い斬撃が、鬼丸を飲み込んだ。
第138話に続く
そろそろ、カレン奪還編終幕です。




