名刀・夜桜 その②
月下美人に見とれたら
月光夜桜の足音がして
命刈り取る暁の丘
2
「これが、僕の新しい刀…、名刀、夜桜か…!」
架陰は、握られた刀を見て感慨深く頷いた。
名刀・夜桜。
この刀に刃は無い。鞘に納まっているのは柄のみだ。
だが、これを架陰が握り、能力である【魔影】を発動させた時、魔影が柄の先に集中して、一つの【刃】を形作るのだ。
架陰のためだけに作られた、架陰しか扱うことができない刀。
「これなら…!」
架陰は、鬼丸を見据えた。
鬼丸は身体中に張り付いた瓦礫を払いのけて、おもむろに立ち上がった。
首を捻り、ゴキゴキと鳴らす。
そして、黄金に光る目で、架陰、いや、彼の横に立っている二代目鉄火斎を睨んだ。
「小僧、それが、【刀】だと言うのか?」
「ああ、刀だ」
二代目鉄火斎は若干気圧されながら、でもはっきりと頷いた。
「オレが心血込めて作った、刀だ!」
「そんなもの、刀ではない…」
鬼丸は地面に突き刺さった金棒を握る。
「小僧、貴様も、刀鍛冶のはしくれならば…、わかるだろう」
「わからねえな」
二代目鉄火斎首を横に振る。
「あんたは、【武士道】だのなんだの、語るかもしれないが…、生憎、オレは武士じゃねえし、架陰も武士じゃねえ。オレは、刀鍛冶で、架陰はUМAハンターだ」
「……」
拳を握る二代目鉄火斎。
「オレは、使い手のための刀しか打たない。そこに、武士道だの、求道心だの、ありゃしねえんだよ!」
「そうか…」
鬼丸はこくっと頷いた。
能力を発動して、鬼化した鬼丸の身体は、人間の姿の時よりも、筋肉で膨れ上がり、体表は赤く染まっている。その張り裂けそうな筋肉に、青筋が浮かんだ。
ずんっと、一歩、二人との間を詰める鬼丸。
「ならば、証明してみろ。貴様の刀が、本物かどうか…」
「証明してやるさ。架陰の力、なめんな…」
鬼丸が、鉄火斎の言葉を聞き終わる前に、地面を砕きながら踏み込んだ。
鈍重ながらも、猛スピードで斬り込んでくる。
「架陰、来るぞ!」
「わかってる!」
架陰は刀を構えた。
「名刀! 夜桜!」
「名刀! 鬼丸!」
魔影で刃を形成した刀と、変化して金棒となった刀が、激突する。
バツンッ!
と、張りつめた布が裂けるような激音が辺りに飛散し、ビルの窓ガラスを粉々に砕き割った。
「そんなもの、刀ではない!」
鬼丸は腕力で架陰を押し切る。
架陰は歯を食いしばってそれを耐える。
腹に力を入れた瞬間、傷が裂けて、血が吹き出した。
「くっ!」
「はあっ!」
鬼丸はその隙に、金棒をねじ込んだ。
ボンッ!
と、衝撃波が爆せる音と共に、架陰の身体が上空に吹き飛ばされる。
鬼丸は、彼に体勢を立て直す隙も与えず、地面を蹴り込んだ。
ドンッ!
と、アスファルトが粉々に砕け、鬼丸の身体が上空に打ち上げられる。
空中でよろめいている架陰の頭上に回り込むと、その脳天に、金棒を振り下ろした。
ギンッ!
金棒が架陰の身体を真下に叩き落す。
まるで魚雷のように落下していった架陰の身体は、表面のアスファルトが砕けて、むき出しになった赤土の中に激突した。
ボンッ!
と、まるで海に飛び込んだ時のように、赤茶色の土柱が上がった。
鬼丸は攻撃の手を緩めない。
空中で身体を捻り、エネルギーを纏わせた金棒を、真下に向かって振り下ろした。
「【鬼雷砲】ッ!」
赤い衝撃波が、架陰が落下した場所目掛けて放たれた。
ダメ押しの三連撃。
地面には隕石が落ちた後のようなクレーターがぽっかりと空き、視界を奪う土煙がもくもくと立ち込めた。
「残念だ…」
鬼丸はクレーターから少し離れた場所に着地した。
「この程度だったとは…」
着物に付着した返り血を指でなぞる。
この戦い、最初から結果は見えていた。例え、架陰が死線を潜り抜けて強くなろうとも、鬼丸との間には、未だ埋めることができない大きな差がある。
だが、それでも、鬼丸は戦いを楽しんでいた。
小さな獣が、鬼に必死に喰らいつく様に、どうしようもなく、血のたぎりを抑えることができなかった。
「所詮、犬は犬か…」
化物になりかけていた犬は、結局犬のままであった。
刃が無い。なんて、刀にはあるまじきなまくらを受け取り、それを嬉々として振った。
それが、架陰の敗因だった。
「市原架陰…、惜しい奴…」
「勝手に殺すな!」
次の瞬間、煙の中から黒い斬撃が飛んできた。
鬼丸は咄嗟に金棒を振って斬撃を弾く。
少し声の調子を上げて言った。
「ほう、生きていたか…」
「当たり前だ!」
煙の中から飛び出した架陰は、身体中をさらに血まみれにした状態で、鬼丸に向かって刀を振り下ろした。
「さあ、続きと行こうじゃないか!」
その③に続く




