【第136話】 名刀・夜桜 その①
赫夜姫に送る
夜桜の葬列
1
「名刀、夜桜だ!」
「これが、僕の新しい刀…?」
架陰は、二代目鉄火斎な投げてきた刀を、左手でしっかりと掴み取った。
漆も、柄紐も、鍔も、何の装飾もされていない、「今まさに出来上がったばかり」の体をした刀。
鞘の表面は、まだやすりが掛けられておらず、ざらついている。
柄は最低限磨いているようだが、かなりいつもの鉄火斎の仕事ぶりからすれば、雑だった。
未完成品だ。
二代目鉄火斎が叫ぶ。
「そいつはまだ完成していない! だけど、そいつが無いと、お前は戦えない!」
先ほど、名刀赫夜は、鬼丸の手によって折られたばかりだった。
「架陰! ごめん! そんな刀しか渡せなくて! 師匠にも怒られたんだ! なまくらを作るなって!」
「……っ!」
師匠、つまり、一代目鉄火斎のことだった。
「ダメだ! やっぱり! オレは師匠みたいにはなれないことがわかったんだ! 師匠みたいに、言い刀は作れない!」
ぎりっと歯を食いしばる二代目鉄火斎。
「だから、オレはオレの刀を作ることにした! お前のために! お前が安心して戦えるようにするために!」
だから!
と言って続ける。
「頼む! 架陰! その刀で! 【名刀・夜桜】で! その悪魔の堕彗児を、倒してくれ!」
「鉄火斎さん…!」
握り締めただけでわかる。
このざらついた木の感触を通して、二代目鉄火斎の、刀への想いが。情熱が。
「ありがとう!」
肋骨は折られ、内臓は破裂し、皮膚もズタズタに切り裂かれている。
満身創痍のはずのなのに、架陰の身体が勝手に動いていた。
ぐっと、柄に手を掛ける。
「使わせてもらう! あんたの刀を!」
絶体絶命のピンチでやってきた、一筋の光。
それを目の当たりにしたとき、鬼丸は背筋を突き上げるような感覚に襲われていた。
鬼の形態に変化してから、真っ赤に染まった体表が、さらに赤みを持つ。
涼しい顔には似合わず、にやっと笑った。
「面白い…、これだからこそ、戦いはやめられない…」
地面に突き刺さっていた金棒を握る。
「見せてみろ、お前の新しい刀を!」
「見せてやるさ!」
完全復活した架陰は空中で体勢を整えると、再び魔影を発動した。
「【魔影】…【肆式】!!」
脚に、腕に、そして、刀に魔影が纏わりつく。
まずは、脚で虚空をひと蹴り。
衝撃波が放たれ、架陰の身体を一気に加速させた。
弾丸のような勢いを持って、地上の鬼丸に向かっていく。
「行くぞ!」
「来い!」
二代目鉄火斎が打った新たな刀。
鬼丸に接近した瞬間、鞘から抜いて、一閃する。
「【名刀・夜桜】ッッ!」
次の瞬間、信じられないことが起こった。
ドンッ! と、魔影おなじみの衝撃波が放たれたかと思った瞬間、地面に悪魔が爪で引っ掻いたような亀裂が走り、地中の赤土を巻き上げた。
斬撃を金棒で受け止めたはずの鬼丸は、踏ん張るも勢いを殺すことができず、そのまま、後方に吹き飛ばされる。
ボンッ! と爆発音を轟かせて、鬼丸がビルの壁にめり込んだ。
「な…に…?」
身体中にガラス片や瓦礫が突き刺さる。身体に走る激痛は置いておいて、架陰の方を見た。
「貴様…、なんだ…、その刀は…?」
「え……」
鬼丸に指摘されて初めて、架陰は振り下ろした刀を見た。
「なんだ、これ…?」
驚愕する。
柄から先が、無かった。
「嘘だろ…?」
紅潮していた身体が一瞬で冷えた。
「え、え、え、え…?」
柄だけになった刀を握り締めたまま、辺りを見渡す。
鬼丸を吹き飛ばした時に、刀身ごと吹き飛んでしまったと思ったのだ。
走ってきた二代目鉄火斎が、すぐさま彼を落ち着かせた。
「架陰! 安心しろ! その刀は元からそうだ!」
元から? つまり、元から柄の先に刃が無いということだ。
「え、鉄火斎さん? なんで? 刀身が無いのに、鬼丸を吹き飛きとばせるわけないでしょうが!」
「刀身はある!」
二代目鉄火斎は力強く宣言した。
「刀身は、てめえの【魔影】の能力だ!」
「僕の、能力?」
「柄に、魔影を走らせてみろ」
二代目鉄火斎に言われるがまま、架陰は柄に魔影を纏わせてみた。
その瞬間、まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、漆黒の魔影は、ずぶずぶとその形を変えて、柄から先の【刀身】を形作った。
「これは…!」
まるで、ビームサーベル。
二代目鉄火斎は自信満々に説明した。
「それが、お前の新しい刀、【名刀・赫夜】。そいつには、刃がない。だが、根元に、超高密度の【魔影石】を練り込んである。そのために、お前が能力を発動したら、自動的に、魔影が刃に変化するって使用だ」
「魔影で、刃を顕現するのか…!」
「おら、さっさとその刀使って、あの化物を倒しな!」
その②に続く
武器図鑑
【名刀・夜桜】…製作者は、二代目鉄火斎。鞘や柄はあるものの、肝心の刃がない。そういう仕様である。使用者の架陰が能力を発動すると、目元に埋め込まれた魔影石が彼の魔影を強制的に吸収して、刃を形作る。この刃は硬質で、剣戟を繰り広げても折れることは無い。能力解除と共に、刃は消滅する。本領発揮には魔影の発動が前提なので、あまりエネルギーのコストパフォーマンスがいいとは言えない逸品である。




