鬼の来襲 その③
鬼とて
乱れ散る花には足を止め
鬼とて
花見酒には酔いしれる
3
「倒してやるよ! 今日、ここで!」
そう意気込んだはいいものの、架陰は満身創痍だった。
魔影で、痛みと出血は抑えているが、骨が折れて内臓の一部が破裂。皮膚表面には雷が落ちたような傷が広がっている。常人では死亡していてもおかしくない怪我だった。
魔影を脚に纏わせて、衝撃波の補助を借りながらビルの壁を走る。
地上にいる鬼丸は、「ふむ」と頷くと、軽い力で金棒を振った。
切っ先から放たれる衝撃波。
ビルの壁を走る架陰の足元が爆せた。
「くっ!」
飛び散る破片に気をとられて、脚が掬われる。
そのまま、ぐらりとバランスを崩し、地上に落下した。
「まだだ!」
地上に身体を打ち付ける寸前、架陰は身体を捻って体勢を整える。ねじれた拍子に、折れた肋骨が体内の肉を抉り、激痛を伴った。
その痛みに耐えて、腕を使って着地。
魔影の衝撃波で、落下時の威力を相殺した。
「さすがだな」
鬼丸が素早く斬り込み、着地したところに金棒を振り下ろした。
咄嗟に飛びのく。
バカンッ!
と、金棒がアスファルトを粉々に砕いた。
「今だ!」
攻撃を躱すことによって、鬼丸に生まれた一瞬の隙。
その隙を、架陰は全力で突く。
「【悪魔大翼】ッ!」
刀に魔影を纏わせての、横一閃。
至近距離にて、黒い斬撃が放たれたが、鬼丸はそれを難なく腕で弾いた。
「弾かれた…!」
「どうした? 勢いが無くなっているぞ?」
鬼丸は地面にめり込んだ金棒を手放すと、すっと、架陰との距離を詰めた。
思わず後ずさる架陰。
だが、それよりも先に鬼丸が彼の懐に潜り込み、負傷している腹に正拳突きを食らわせた。
みしっと、腹に拳がめり込む。
激痛が、架陰の全身を駆け巡った。
「あッ! ああああああああああ!」
「こんなものか?」
(や、やばい! 意識がぶっ飛ぶ!)
架陰は、消し飛びそうになる意識を保つべく、思い切り歯を食いしばった。その拍子に、奥歯が、粉々に砕け散る。
口の中にじゃりっとした感触を残しながら、至近距離で、鬼丸の脳天に刀を振り下ろした。
しかし、鬼丸はそれを読んで、右手で刃を掴む。
「そう来ると思っていた」
「くっ!」
ぐっと刃を握る鬼丸。手のひらが切れて、血がだらだらと流れた。
「なかなかいい刀じゃないか。前の黒い刀よりも切れ味が良さそうだ」
架陰は、前回の戦いで、二代目鉄火斎作の【名刀・叢雲】を折られていた。今、彼が装備している刀は、【名刀・赫夜】。一代目鉄火斎が打った逸品だ。
「二代目の小僧が打つ刀よりも、よっぽどいい!」
次の瞬間、辺りに、鈴を打つような金属音が響いた。
パキンッ!
と、架陰の目の前に、粉々に砕けた、名刀・赫夜の刃の破片が飛び散る。
「あ…」
余りにも一瞬だったために、架陰は暫し放心した。
パラパラと落ちる、刃の破片。
まるで雪をまぶしたかのように、地面が白く輝いていた。
「さて…」
鬼丸は一仕事終えた時のような息を吐くと、架陰の腹を蹴り飛ばした。
受け身もとれぬまま、中央分離帯の植え込みに突っ込む。
「はあ、はあ、はあ…」
口から、血がどろりと流れる。
「刀が…、赫夜が…」
右手に握られた刀を見れば、刃が、根元から綺麗に折られていた。
(刀が…、くそ…、もう、戦えない…)
身体が、もう動かなかった。
当たり前だ。限界を越えた戦いをしたのだから。何度でも言うが、彼のあばらは数本が折れて、肺や他の内臓に突き刺さっている。破裂しているものだってあった。
皮膚が焼けるように痛い。今、鏡を見たらどんな顔をしているだろうか?
(肆式でも、勝てなかった…)
少しずつ赤く染まっていく視界の中、鬼丸を見る。
鬼丸は腕組みをして、架陰がこれからどう動くか、悠々と見守っていた。
「さあ、どうする? 刀は折った。これから、お前はどう戦う?」
「くそ、戦ってやるよ」
口ではそう言ったものの、身体が「もう嫌だ」と叫んでいた。
もう、戦いたくない。
※
その時だった。
満身創痍の架陰に、男の叫び声が届いた。
「市原! 架陰ッ!」
「え…」
視界が、雲が晴れたかのように明るくなった。
姿を見なくてもわかる。この声は、【二代目・鉄火斎】のものだった。
「架陰! 跳べ!」
その言葉に蹴り飛ばされるようにして、架陰は真上に跳躍した。
その瞬間、ヒュンッ! と空気を裂く音がして、何処からともなく、何かが勢いよく飛んできた。
反射的に、それを左手で掴み取る。
「これは…!」
飛んできた方向に目を向けると、案の定、二代目鉄火斎と、アクアが走りこんで来ていた。
架陰と目が合った瞬間、二代目鉄火斎は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「受け取ってくれ! それが、お前の! 新しい刀だ!」
「これが…!」
手の中に残る、彫ったばかりの木の鞘の感触。
そして、その鞘に収められた、何も装飾が成されていない刀。
「【名刀・夜桜】だッ!」
第136話に続く
市原架陰の装備の歴史
【UМAハンター編】~【吸血樹編】まで【鉄刀】。
【吸血樹編】~【ハンターフェス編】まで【名刀・赫夜】。
【二代目鉄火斎編】~【カレン奪還編】まで【名刀・叢雲】。
【カレン奪還編終盤】より、【名刀・夜桜】。




