鬼の来襲 その②
羽を纏って飛ぶ蛙の
自由な様に身を焦がし
天を駆けるは
扇状の杉の森
2
「勝たないと…」
架陰は腹に力を込めて、鬼丸の金棒がそれ以上身体に食い込まないようにした。
どろりと、口から粘っこい血が流れ落ちる。
肋骨が数本粉砕して、彼の内臓に突き刺さる感覚がした。
「くそ…」
「どうした? ここまでか?」
鬼丸が挑発する。
架陰は血反吐を吐きながら首を横に振った。
「終わるわけないだろう?」
「その粋だ」
次の瞬間、金棒を振って、架陰を彼方に吹き飛ばした。
「案外、私もこの戦いが気に入っている。もう少し楽しませてもらうぞ?」
架陰との戦いに愉悦を感じている鬼丸に対して、架陰の身体からは気力と体力が、根こそぎ枯渇していた。
吹き飛ばされたが、受け身を取ることができず、ぼろ雑巾のように地面に身体を打ち付ける。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
息をするたびに、血が流れる。
高熱を出したときのように、身体中が炎のように熱くなって、筋肉が痙攣していた。
「落ち着け…、落ち着け…、落ち着け…」
何度も言い聞かせる。
「まずは、止血だ…」
そう呟くと、魔影を纏わせた手を、胸の辺りに翳した。
つい最近覚えた止血法だ。魔影の一部を傷口に纏わせることで、一時的ではあるが、流血を止めることができる。また、痛みも和らげることができた。
あくまで応急処置だ。痛みをやわらげたまま戦い続ければ、いつの間にか死んでしまっている。という危険性もあった。
今は、撤退が賢明であることはわかっている。しかし、架陰にはどうしても譲れないものがあった。
(あいつを、倒さないと…!)
止血に成功し、再び立ち上がった架陰を見て、鬼丸は愉悦から来る笑みを抑えられなかった。
「まだ立ち上がるか」
「もちろん!」
「おもしろい」
鬼丸は金棒を構える。
「能力を解放しただけのことはある」
金棒の切っ先に、赤い光が集中した。
超強力な一撃が来ることを悟った架陰は、魔影を脚に纏わせて、一気に跳躍する。
(距離をとってやる)
「甘いな」
鬼丸は、空中に逃げ出した架陰に向かって、その光のエネルギーを放った。
「【鬼雷砲】」
全てを穿つ、超強力なエネルギーが、まるで大砲のように発射された。
「二度は喰らわない!」
架陰はすぐさま軌道を修正して、その砲撃を回避した。
折れた骨が体内で暴れる激痛に耐えながら、ビルの非常階段の踊り場に着地する。
五階の高さから、地上の鬼丸を見据えた。
「さて、どうする?」
手がどうしようもなく震えていた。
先ほどの一撃を喰らったおかげで、架陰は本能的に、鬼丸との接近を恐れていた。再び、あの【鬼雷砲】を喰らえば、命はない。
「くそ、ビビっててどうするんだよ!」
自分で自分を戒めた。
この戦いを望んだのは自分だ。
架陰が、「鬼丸と戦いたい」と望んだからこそ、ここにいるのだ。
絶対に勝たないと、クロナや響也、カレンに申し訳が立たない。
「力を、もう一段階上げるか?」
そんなことを、ぼそりと呟いていた。
魔影には、自転車のギアのように、段階が存在する。
魔影壱式、魔影弐式、魔影参式。
そして、今架陰が発動しているのが、魔影肆式だった。
力をさらに解放して、その先へ。
いうなれば、【魔影…伍式】。
(ダメだよ、架陰)
考えていた架陰の耳に、ジョセフが話しかけた。
(わかるだろう? 魔影は、僕の【影】の能力と、悪魔の【悪魔】の能力を掛け合わせて発生したものだ。主に、悪魔が暴走。僕が『抑制』をつかさどるんだ)
「はい、わかっています」
架影が力を解放するたびに、能力の質は、悪魔の能力に近づいていく。
簡単に説明すれば、架影が力を解放すれば、悪魔に精神を乗っ取られてしまう可能性があるということだった。実際、彼が初めて【魔影参式】の発動に成功した時、悪魔に身体を奪われてしまった。
(悪魔は仲間じゃない。『協力者』だ。利害が一致しているから君に力を貸すだけであって、都合の悪いことはしない)
ジョセフは、小さな子供に言い聞かせるように言った。
(これ以上は危険だよ。これ以上力を解放したら、君は悪魔になってしまう。さっきだって、戦いに集中しすぎるあまり、君の身体が悪魔に変貌しようとしていたんだ)
「……はい、わかっています」
架陰は静かに頷いた。
あくまで、自分の力で倒すべきだ。
「ああ、もう、やんなっちゃうよ」
そう笑った瞬間、足元の鉄板が崩れた。
落下の寸前で、隣のビルの非常階段に飛び移る。
見れば、鬼丸が金棒を振って、攻撃を仕掛けていた。
「くそ…」
まだ考えがまともにまとまらない。
どうやってあの化物を退治するのか。それだけを念頭に置いて、攻撃を躱す。
「どうする…?」
「逃げるな、向かってこい」
ちょこちょこと、ビルからビルに飛び移る架陰に向かって金棒を振り、圧迫する斬撃を放出する鬼丸。
「くそ! また来た!」
咄嗟に、彼は魔影を使って身体を加速させて。攻撃を躱した。
「倒してやるよ! 今日、ここで!」
その③に続く。




