架陰ＶＳ鬼丸 再戦 その③
鬼が出た
金棒持って鶏喰らい
湖の我に慟哭をあげよ
３
（ねじ込むッ！）
魔影を纏わせた拳を、鬼丸が反応できないほどの速度で、耐えられることができないほどの威力で、叩き込む。
「ぶっ飛べ！」
腕を振りぬく。
パンッ！
と、張りつめた風船が裂けるような音と共に、鬼丸の身体が猛スピードで吹き飛ばされた。
「まだだあッ！」
まだ手を緩めるな。
針の穴に糸を通すように繊細に、かつ、樹木をなぎ倒すように豪快に、相手に反撃の隙を与えないままに決着をつける。
求めるのは、まさに神業。
「魔影！ 肆式ィッ！」
踏み込んだ瞬間、卵の殻のようにクシャッと割れたアスファルトから、土煙が巻き上がった。
その土煙を払いのけて、架陰の身体が勢いよく飛び出す。
「悪魔ッ！ 大翼！」
二人の激闘で破壊つくされた地面と平行に、斬撃を放つ。
ただの斬撃でなかった。
地面を這うように進み、ブーメランのように軌道を曲げると、飛ばされる鬼丸の背後に回り込む。
「曲がる、斬撃！」
死角から襲撃してきた斬撃に、鬼丸は為す術が無かった。
ボンッ！
と、黒い斬撃が鬼丸を包み込み、空中に花を咲かせるように炸裂した。
「まだ、まだ、まだまだまだまだ！」
この程度で鬼丸が倒れるはずがない。
架陰はさらに刀を振う。
「悪魔大翼！」
その瞬間、刀を握る彼の手に、蜘蛛の巣のような亀裂が走り、裂けた皮膚から血が噴出した。
敵の攻撃ではない。
「なんだ…！」
大した痛みではなかった。
喉に小骨が引っかかるような違和感を振り払って、架陰は刀を振り切った。
刃から黒い斬撃が放たれる。
爆発した魔影の中から、鬼丸が飛び出した。
「甘い」
手首の返しを使って、神速で刀を一閃する。
「鬼之晴天」
「は！」
その瞬間、頭上から無数の斬撃が降り注ぎ、架陰の身体中を貫いた。
「がはっ！」
血が吹き出す。
「おもしろいだろう？ 一つの斬撃の威力を分散させて、雨のように降り注ぐ斬撃だ。大した威力じゃないが、油断して大量に喰らえば、大きな痛手を負うことになる」
「舐めるな！」
身体中を貫かれてもなお、架陰は血まみれの身体に鞭を打ってその場に踏みとどまった。
「もっとだ！」
もっと、もっと、もっと、もっと。
「もっともっともっともっともっとっ！」
皺だらけの脳みそに、塩を塗り込むようにして言い聞かせる。
勝ちたい。
倒したい。
「お前を！ ぶっ飛ばすって！」
再び魔影を展開する架陰。
脚に魔影を纏わせて、鬼丸に猛スピードで斬り込む。
鬼丸もまた、静かにステップを踏むと、ぬるりと架陰との間を詰めた。
ギンッ！
刀と刀がぶつかり合う。
力と力の衝突。
鼓膜が破れんばかりに、劈くような金属音が響き、辺りのビルの窓を共振させた。
ビキッ！
と、架陰の腕に樹木が枝葉を広げるような亀裂が走った。
血が噴き出すも、架陰は気が付いていない。
いつの間にか、彼の瞳が血のように真っ赤に染まっていた。
「はあ、はあ、はあ…」
半開きになった口から、肉食獣のような鋭い牙が生える。
それを見た時、鬼丸は背筋を這うものを感じるとともに、込み上げる衝動に思わず笑みを洩らしていた。
「おもしろい！」
腕を振り切り、架陰を吹き飛ばす。
空中に投げだされた架陰に向かって、斬撃を放った。
「【樹奇鬼門】っ！」
空中で無防備の彼に、赤い斬撃が迫る。
その瞬間、架陰の背中から、漆黒の翼が生えた。
爬虫類質の、まるで蝙蝠のような翼だった。
架陰はその翼で空中を扇いで、軌道を変えて斬撃を回避した。
「はあ、はあ…」
ビキビキと、腕の亀裂が彼の肩までを浸食していた。
亀裂が首筋を這い、目の下には血の涙が流れたような痕が現れる。
それを見て、鬼丸は満足そうに頷いた。
「高まっているな…、市原架陰…」
下唇をぺろっと舐める。
(私との死闘で、少しずつ、悪魔の身体に近づいている…)
鬼丸は構えていた刀をすっと引くと、地面に突き刺した。
「さあ、前座はここまでだ」
ぐっと、刀を地面の奥深くにまでねじ込んだ。
柄を握り締めて、ふっと息を吐く。
「そろそろ、本気でやらせてもらう」
忘れてはいけないのが、彼も【悪魔の堕彗児】であるということだった。
悪魔の堕彗児ということはつまり、人間の身体と、ＵМＡの身体をあわせもつということ。
人間の姿をしていた鬼丸は自信満々に宣言した。
「今から、私の能力を解放する！」
第135話に続く
