消えた少女 その③
雨の日に抱きしめてほしい
夕立を見ながら思う
3
現実世界。
カレンの茨の攻撃を搔い潜った架陰が彼女の頭に触れた瞬間、両者の動きが止まった。
「カレンさん? 架陰?」
まるで銅像のように、二人は動かなかった。
吹き飛ばされていたクロナが体勢を立て直し、身構える隙があるほどに、二人は制止している。
「ちょっと、大丈夫なの?」
余りにもの動かなさに、クロナが心配して駆け寄ろうとした瞬間、架陰に頭を触れられていたカレンが、糸が切れた人形のように、その場に膝まづいた。
「っ!」
彼女の身体を覆っていた、漆黒のドレスが、空気に溶け込むようにして消え失せ、いつもの桜班の着物となる。
見ていたクロナと響也が、能力が解除されたのだと確信した瞬間、カレンは天を仰いで泣き始めた。
「ごめんなさい…、ごめんなさい…」
十八歳の少女の目から、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちる。
「ごめんなさい…、傷つけちゃってごめんなさい…、嘘ついちゃって、ごめんなさい…」
幼い子供のように泣きじゃくるカレンの頬を、架陰は優しく撫でた。
「もう、いいいですから。あなたが無事で、それでいいですから」
カレンは、もう暴れることは無かった。架陰が彼女を掬うことに成功したのだ。
クロナと響也は、一斉にカレンと架陰の元に駆け寄った。
四人とも、目に涙を浮かべて抱き合う。
「架陰! よくやった!」
「ありがとう! 架陰! あんたのおかげで、カレンさんが戻ってきた!」
「いえ、僕は何も…」
そう謙遜しながら、架陰は三人を抱きしめた。
「みんなが無事で、良かったです…」
一度離れて、架陰とクロナ、響也は泣き腫らした目のカレンを見た。
響也がにやっと笑う。
「というわけだ、カレン。お前には、まだまだ桜班としてやってもらうことがある」
「カレンさんがいないと、響也さんのさぼり癖を指摘する人がいませんからね!」
皆に「カレン」と呼ばれたカレンは、喉にものが詰まってような顔をした。
私は、城之内紅愛。
と言いかけて、口を噤む。
「うん」
親に捨てられた現実を受け入れることができず、いつしか自分のことを偽って生きてきた。
自分は城之内カレンではなく、城之内紅愛。
その嘘をまるごとひっくるめて、桜班のメンバーは受け入れてくれる。
今まで生きてきた十八年間で、これほど幸せなことがあっただろうか?
カレンは涙をぼろぼろとこぼしながら、三人に頭を下げた。
「私は、城之内カレン。これからも、よろしくね」
※
「う、うう…」
鉄平ら椿班のメンバーが目を覚ました時、自体は収束していた。
見れば、先ほどまで暴走していたカレンの姿が元に戻り、四人で泣き合っている。
「なんだよ、終わったのかよ」
大して活躍できなかった鉄平は、不機嫌そうに洩らした。
隣では、真子や八坂が泥だらけの身体を起こしている。
「うう、頭が痛いっす…」
「背中いてえ…」
※
「カレン様の暴走を、止めたのか…」
時を同じくして、起き上がれるまでに回復した薔薇班の【斎藤】、【桐谷】は、単騎でつっこみ、彼女を止めた架陰を、信じられないものを見るような目で見た。
「椿と薔薇が一斉にかかって倒せなかったのに…」
「あれが、桜班の新人っすよ。花蓮お嬢様が欲しがっている男」
「なかなか面白い」
斎藤と桐谷は、お互いに顔を見合わせた。
「やはり、架陰さまは、花蓮様と結ばれるべきだ」
「いま言うことっすか?」
※
さらに、すぐ近くにあるビルの間の路地。
黴臭い場所で、気を失っていた花蓮は目を覚ました。
「うう…」
頭を抱えながら起き上がると、隣に、薔薇班四席の【西原】が立った。
「西原…」
「花蓮お嬢様、ご無事ですか?」
「ええ、大丈夫」
花蓮は西原の助けを借りて立ち上がった。
路地から大通りに出て、そこで、四人で抱きしめ合う桜班を見た。
「すごいわ」
「はい、凄いですね」
「私たちじゃできなかったのに…、たった三人で、暴走した紅愛を止めた…」
自分ではできなかったことだった。
第133話に続く




