消えた少女 その②
帰ろう
2
「城之内カレンは、存在しないの」
城之内カレン、いや、「城之内カレン」を名乗っていた城之内紅愛は、そうぼそりと言った。
その瞬間、架陰を取り囲んでいた幻影にノイズが走り、その輪郭が薄れていく。
そして、横に立っていたカレンの姿すらも、ぼやけさせた。
「カレンさん!」
架陰は慌てて彼女の腕をとろうとしたが、伸ばした手は、煙のような生暖かい空気を掴んだ。
指の間から、カレンの存在が消えていく。
「待ってください! カレンさん!」
「ごめんね」
脳裏に、カレンの謝罪の声が響いた。
「ずっと、みんなを騙していたの。私は、城之内紅愛。カレンじゃない」
「違う! あなたはカレンさんだ!」
「ごめん」
もう一度、今度は泣きそうな声で謝罪した。
「ごめんね…、架陰くん」
幻影が消えてゆく。
暗闇が、周りを浸食していく。
架陰の中から、カレンの存在が消えていく。
「もう、ここに来ちゃダメよ? これ以上いたら、あなたまで悪魔に取り込まれる」
消えていく。
消えていく。
城之内カレンの存在が、姿が、声が、跡形も無く、消えていく。
「クロナと、響也、アクアさんに伝えてね。『ずっと騙していてごめんなさい』って」
消えていく。
消えていく。
何もかも、消えていく。
「ッ!」
架陰は腕を振り上げた。
反射的に、「掴まないと!」と思った。
どうにかして、カレンの腕を掴んで、この世界に留めさせなければならない。
だが、既に彼女の姿は闇の向こうに消えており、何処に向かって手を伸ばせばいいのかわからなかった。
「さようなら」
「だめだ! カレンさん!」
消えてしまう。
架陰は咄嗟に叫んだ。
「城之内! カレン!」
本能的に手を伸ばし、暗闇の向こう消えたカレンの腕を強く掴んだ。
「あなたは! あなたの名前は! 城之内カレン!」
ぐっと引っ張り、彼女の身体を引き寄せた。
カレンは目をぱちくりとさせて、架陰の鬼気迫る目を見た。
「やめてよ、架陰くん…、私を、その名前で、呼ばないでよ」
「嫌です! あなたは城之内カレンだ!」
カレンがもう二度と離れないように、強く握った。
彼女の茫然とする顔に、ぐっと鼻先を近づけ、子供を叱る時のように、一言一言に魂を込めて叫んだ。
「僕は、城之内カレンしかしりません! 初めてあなたに出会った時、僕に、UМAハンターとしての戦い方を教えてくれた貴方しか知らない!」
架陰の声が、この虚無の空間にこだました。
「いつも笑っているあなたしか知らない! 僕が誘拐された時、助けに来てくれたあなたしか知らない!」
行かせてはならない。
彼女の壊れた心は、ここ修復する。
「響也さんやクロナさんに叱られて落ち込んでいた時、あなたは擁護してくれたじゃないですか!」
カレンはもう聞きたくない。とばかりに、首を激しく振った。
「もうやめて! それは私じゃないの! 私が、演じていただけなの!」
「違う!」
ぴしゃりと言った。
「こんなことを言わないとわからないんですか!」
息を吸い込む。
そして、城之内カレンの存在理由を、声高々に叫んだ。
「あんたがいなくなったら! 寂しいに決まっているんでしょうが!」
「ッ!」
はっとするカレン。
架陰はさらに続けた。
「あなたがいないと! 桜班じゃなくなる! そんなこともわからないんですか? 紅愛? 知ったことか! 僕が大好きなのは! あなただ! 城之内カレンだ! あなたのいる、桜班だ!」
だから。
「だから! もう、帰ってきてくださいよ…」
顔をくしゃくしゃにして言った。
架陰は今まで、自分の感情を全面的に出したことがなかった。
それが、ダムが決壊したかのように、感情が溢れだして、少し荒っぽい口調で、彼女に言っていた。
「あなたがいないと、都合が悪いんです。だから、もう、帰ってきてください…」
「ごめん…」
それでも、カレンは首を横に振った。
「それでも、私は帰れないわ。私は沢山の人を傷つけた…。もう。私に、居場所なんて…」
「居場所なら、桜班があります」
架陰は力強く宣言し、拳を握り締めた。
「僕が桜班に入った時、あなたが居場所を作り出してくれたように、僕も、カレンさんの居場所を作ります。あなたが今までに僕にしてきてくれた分、恩として、返させてください」
「…………」
だから。
と言って、架陰はカレンの子犬のように震える身体を抱きしめた。
その瞬間、二人は強い力に引っ張られた。
一気に、現実の世界に押し出されようとする。
「一緒に、帰りましょう…」
その③に続く




