悪魔の姦計 その③
秋休みに風そよぐ
石鎚山のふもとから
鳶鳴く鳴く
紅葉の白滝
3
「カレンさん!」
架陰は、カレンに巻き付いた触手に指の爪を突き立てた。
思い切り引き抜く。
強靭に巻き付いた触手はびくともしない。
「くっ!」
拍子に、彼の爪が剥がれた。
精神世界なので、実際に爪が剥がれているわけではないが、激痛が彼を襲う。
「くそお!」
血が滴る拳を握り締めて、さらに触手を引っ掻いた。
自傷覚悟でカレンの触手を解こうとする架陰に、カレンの悪魔はあざ笑うように言った。
「おやめなさい。それ以上すれば、自分の魂も削れることになるのですよ?」
「お前はうるせえんだよ!」
悪魔を無視して、カレンの解放に集中する。
「カレンさん! カレンさん! カレンさん! カレンさん!」
壊れたレコードのように、何度も彼女の名前を呼んだ。
何度も触手を引っ掻く。
「カレンさん!」
何度も引っ掻いたおかげで、触手の一部が切れて、カレンの顔が見えた。
「カレンさん!」
手を伸ばす。
その瞬間、架陰に巻き付いていた触手が彼の身体を強い力で引っ張り、カレンから遠ざけた。
「うわあッ!」
「それ以上はさせませんよ?」
「邪魔すんああッ!」
血まみれの手で、触手を掴む。
強く引っ張り、カレンの悪魔を引き寄せた。
「てめえは! うるせえんだよ!」
そのまま、白い顔面に拳を叩きつけた。
バキンッ!
と乾いた音を立てて、悪魔の顔面が砕け散る。
「何が救済だよ! カレンさんが悲しんでいるだろうが!」
「甘いですね」
砕けが顔面が集結し、再び顔を形成する。
「彼女が元の世界に戻ったとしても、もう二度と、まともには生きられませんよ?」
触手を伸ばし、架陰に絡みつける。
「あなただって、あの子に騙された人間の一人じゃありませんか? あの子の名前は、城之内紅愛。城之内カレンは、自分の偽るための仮の名前です」
触手から消化液が染みだし、架陰の肌を焼いた。
「がっかりしたんじゃありませんか? 今まで共に戦ってきた仲間は、あなたたちを騙していたんですよ?」
「うるせえ!」
架陰は、力技で、その触手を振りほどいた。
「っ! 私の触手を!」
これには、悪魔も驚きを隠せない。
架陰は、泳ぐように悪魔に接近すると、再び、その顔面に拳を叩き込んだ。
「だからどうしたってんだよ!」
砕ける悪魔の顔面。
「カレンさんはカレンさんだろうが! 紅愛なんて知った事じゃねえんだよ!」
カレンに巻き付いていた触手が緩んだことに気が付いた架陰は、すぐに彼女の元へと飛んでいった。
「カレンさん!」
触手を解き、中に囚われていたカレンを引き出す。
「カレンさん! 帰りましょう! みんなが待っています!」
しかし、カレンは目を閉じたまま。肌は雪原に立たされたように白かった。
「カレンさん…」
「諦めなさい!」
背後から触手が飛んできて、架陰の腹を貫いた。
架陰は口から血を吐いて悲鳴を上げた。
「あああああああああああっ!」
触手はずぶずぶと彼の体内に食い込んで、彼の肉を抉った。
「痛いでしょう? 魂に直接傷を付けているのですからね」
「いい加減、おとなしくしろやあ!」
そう叫んだ瞬間、架陰の悪魔が俊敏に動き、カレンの悪魔の首を吹き飛ばした。
「悪イナ、コノママ、ヤラセテモラウ」
「目次禄の獣…!」
触手の力が弱まる。
その隙に、架陰はカレンの肩を強く掴み、上下に揺さぶった。
「カレンさん! 目を! 目を覚ましてください!」
「…………」
カレンは目を覚まさない。
覚まさないどころか、頬の辺りが黒く染まり始めた。
まるで、闇に溶け込むようにして、彼女の身体が黒くなっていく。
「カレンさん…!」
悪魔が慌てて叫んだ。
「架陰! 早クシロ! ソノ女ガ完全ニ取リコマレル!」
「取り込まれる…?」
架陰の手の中から、人の気配が消えつつあることに気が付いた。
「まさか!」
振り返って、生首だけとなったカレンの悪魔を見る。
心なしか、ニヤリと笑ったような気がした。
「カレンさんが、カレンさんじゃなくなるのか!」
だめだ。
そんなことはさせない。
カレンは必ず連れ戻す。そして、今まで通り、響也、クロナ、そして、架陰の四人で、UМAと戦う。
絶対に、失ってたまるか。
「城之内ッ! カレンッッ!」
次の瞬間、架陰は、爪の剥がれた手をカレンの胸に伸ばしていた。
ずぶっと、液状になりかけていた彼女の胸に、架陰の手が沈み込む。
叫んだ。
「帰って! 来いいいいいいいいいいッ!」
第132話に続く




