第18話 椿班登場! その②
離れないように
血管を搦め
骨を繋ぎ
手を合わせよう
4
「弓矢!?」
突然、空から飛来した矢に、架陰は困惑した。もしあれが刺さっていればと思うと、背筋がゾッとする。
その時だ。
「おいおい! なかなかやるじゃねぇか!!」
反対車線の方から、男の声がした。
ハッとして見てみると、二人組の男が歩いてくる。
一人は、筋肉隆々の巨大な体躯を持った、坊主頭の男。
もう一人は細身ながらも鷹のように荒ぶる眼光を放っている。
両者、赤いスーツに身をまとっていた。
架陰は、片方の巨漢には見覚えがあった。
(僕に、吸血樹について注意喚起した人だ!)
クロナの目が見開かれ、瞳孔が震える。
「やっぱり、椿班!!」
「椿班・・・?」
クロナの声が聞こえていたらしく、細身の男がニヤリと笑った。
「光栄だねぇ・・・、桜に覚えられているとは」
大男がボソリと言う。
「赤いスーツですからね。目立つんですよ」
クロナの肩が少し震えるのを、架陰は見逃さなかった。
(怖がっている?)
確かにこんな毒々しい戦闘服を着ているのだから、一目でヤクザの仲間を疑うだろう。
細身の男が、赤い革靴で、地面の赤い染みを指した。
「ここ、人が殺されたらしいな?」
「・・・? そうだけど? なに?」
震える声で、精一杯の虚勢を張るクロナ。
細身の男は、さぞかし不思議そうに首を傾げた。
「なんで、お前らがいるの?」
「えっ!?」
「ここ、俺ら、椿班の管轄だけど?」
赤スーツの男の言いたいことは、一瞬で理解した。この道路の中央で起きた、UMAによる殺人事件は、椿班が調査すると言いたいのだ。
だが、そんなの承諾できるわけがない。
クロナは首を横に振った。
「何を言っているの? ここは桜班の管轄よ!!」
細身の男は「やれやれ」と言った。
「わかってねぇな。お前、本当に管轄の地図を見てるのか?」
「見てるわよ!」
「じゃあ、ここが、桜班と椿班の管轄を隔てる・・・、境界線ってことは知ってんだな?」
クロナは歯ぎしりをした。
そうだ。ここは、桜班管轄地域ギリギリの地点。同時に、椿班管轄地域のギリギリの地点でもある。つまり、ここは境界線上にあるのだ。
まさかこんな所で事件が起きるとは思っていなかったから、心配もしていなかったが、実際に、「どちらの管轄か」という点で議論が巻き起こってしまったのだ。
だが、UMAの事件が起きた時、警察が情報提供してきたのは、「桜班」だ。この議論、結果など目に見えている。
細身の男は鼻で笑った。
「まあ、どっちでもいいんだよ。どちらの管轄かなんて・・・」
「どっちでも?」
「ああ、どっちでも、俺らは戦いに貫入する」
細身の男はすっと細い腕を後ろにかざした。丁度、リレーのオーバーハンドパスのように。
すると、沈黙をしていた巨漢が、背中に隠し持った何かを投げる。
「サンキュ!!」と言って受け取ったのは、鉄パイプだった。かなり使い込んでいるようで、所々に錆が浮いていた。
その鉄パイプを、クロナに向けた。
「選べ。ここで引き下がり椿にUMAハントを任せるか・・・、引き下がらず俺らにのめされるか」
「ちょっと待ってください!!」
架陰が横槍を入れていた。
「どういうことですか? あなた達に、そんな権限があるんですか?」
細身の男の高飛車な態度と、クロナに向ける鉄パイプが許せなくて、架陰は反論していた。
クロナが「やめなさい」と言う。
今まで見向きもされていなかった架陰に、細身男の視線が刺さった。
「なんだ、お前?」
ギロりと睨まれ、架陰は竦んだ。
(この人怖い・・・、だけど・・・、どこかで?)
細身の男は架陰に近づいた。そして、舐めまわすように、架陰の体を眺めた。
「貧相な体だねぇ」
架陰の身体付きを嘲笑う男に、「人のこと言えないのでは?」という言葉が浮かんだが、辞めておいた。キレさせてもいけない。
「あら、そうかしら?」
後輩を馬鹿にされて黙っていられなかったのか、クロナが口を開いた。
「あんた、吸血樹の事件は知ってるわよね?」
「ああ、知ってるよ」
「吸血樹を倒したのは、私たち桜班だからね」
「へえ、薔薇班が殺ったんだと思ってたよ」
もう少し驚いた表情を期待していたのに、男は何の反応も見せなかった。もう知っているのか、信じていないのか分からない。
悔しかったクロナは、さらに続けた。
「何を隠そう! 吸血樹のトドメは、この架陰が刺したのよ!!」
「!?」
初めて、男の口角がピクリと動いた。「へえ・・・」と言いながら、さらに架陰の身体を眺める。
「カイン・・・、どこかで聞いたような・・・」
細身男と、架陰の顔と顔が、数センチの所まで近づく。下手すればキスをしてしまいそうだ。
にらめっこで負けた時のように、細身の男が吹き出した。
「ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
天を見上げて、大口を開けた下品な笑いに、架陰はムッとした。
その瞬間、男から放たれた拳が、架陰の溝落ちにめり込んだ。
「がはっ!?」
「架陰!?」
腹から背骨にかけて、突き抜けるような痛みが走る。
「反応が遅せぇよ」
細身の男は、地面に膝をついた架陰を見下ろして、ニヤリと笑った。
「俺の名前は、椿班班長【堂島鉄平】! 」
そしてこいつが。と、後ろの大男を指さした。
大男は、恭しく一礼をした。
「椿班、副班長、【山田豪鬼】でございます」
堂島と名乗った椿班の班長は、手に持っていた鉄パイプをくるくると回した。
「回りくどい言い方は辞めた」
ピシッと鉄パイプの回転を止めると、今度は架陰に突きつけた。
「俺らは、お前ら桜班を潰しに来たんだよ」
「!?」
「待ちなさいよ!」
クロナが反論する。
「UMAハンター同士の戦闘行為は禁止よ!」
鉄平は、「わかってないねぇ」と大袈裟に首を竦めた。
「知らねえの? お前ら桜班は【C】。俺らが【A】ランクってことを」
「・・・、知ってるわよ」
クロナは渋々頷いた。つい最近吸血樹を倒したばかりなので、申請しても、まだ桜班はCランクなのだ。
鉄平はにんまりと笑った。
「じゃあ、上位ハンターから、下位ハンターに命令だ。ここで、俺らに潰されろ!」
「くっ!」
架陰は吐き気を抑えて立ち上がった。
(何だ、この人・・・、めちゃくちゃなことを・・・言っているじゃないか)
こんなこと、ただの屁理屈でしかない。
だが、ただの屁理屈でも、言われていて心地よいものでは無い。特に、クロナがそうであった。
「じゃあ、確かめてみる?」
腰の拳銃に手をかける。
「クロナさん?」
「架陰・・・、我慢の限界よ・・・。舐め腐ったこいつら、ぶっ飛ばすわよ!!」
「いいねぇ!!」
鉄平は目をギラつかせて笑った。
その③に続く
その③に続く




