悪魔の姦計 その②
妖艶ある木漏れ日に見る
天望卿の最期
2
「架陰、ワカルナ?」
悪魔は諭すように言った。
架陰は強く頷く。
「わかっているよ」
架陰と悪魔がやるべきことは、カレンに取り憑いている悪魔を彼女から引きはがすこと。
カレンの悪魔は、まるで、触手のような身体を使って、空間に浮遊するカレンを護っていた。
「この子は私のものです」
とは言っているものの、その言葉からは「愛情」という感情の類を感じることができない。
ただ、カレンを道具として見ているような、悪魔の冷淡な思考が透けて見えるようだった。
「私の、身体です」
「ホザケ」
架陰の悪魔が、暗闇を泳ぐようにして、カレンの悪魔に近づいた。
カレンの悪魔の白い面のような顔が笑ったような気がした。
次の瞬間、カレンの悪魔は細枝のような触手を伸ばし、架陰の悪魔の腹を貫いた。
「哀れですね。目次禄の獣よ。十年前にあなたが起こした【目次禄の再臨】は失敗に終わり、あなたは身体を失った」
ずぶずぶと、悪魔の腹を触手が浸食する。
「いや、力も失ったのではありませんか?」
「確カニ、ワシハ力ヲ失ッタ。ダガ、コノ程度、ワケナインダヨ」
腹を貫かれているというのに、架陰の悪魔は牙をむき出しにしてにやりと笑った。
鋭い爪を伸ばし、カレンの悪魔の頭部を鷲掴みにする。
ぐっと力を込めた瞬間、カレンの悪魔の頭が、粉々に砕け散った。
「っ!」
初めて見る悪魔の戦いに、架陰は息を呑んだ。
「強い…!」
「イヤ。マダダ…」
空間に散らばる、悪魔の頭部。
粉々になったそれらは、すぐに集結して、頭の形を生成した。
「無駄ですよ? ここは精神世界。いくら私を砕こうとも、私を倒すことはできません」
「ソウサナ」
架陰の悪魔は、すかさず腕を振い、爪から三枚の斬撃を放ち、カレンの悪魔の首を吹き飛ばした。
倒せなくても、時間を稼げば十分。
「カレンさん!」
架陰は、空間を泳いで、カレンに近づいた。
「させません」
脳裏に悪魔の声が響く。
次の瞬間、首を吹き飛ばされたはずの悪魔の胴体が蠢き、触手を架陰の身体に巻き付けた。
「うっ!」
「その子は私の子供です。もう二度と、元の世界に返すつもりはありません」
「離せ…!」
「なりません」
「うっ!」
架陰の腕に、焼けるような痛みが走った。
見れば、彼の腕に巻き付いた触手から青白い酸のようなものが分泌して、腕の皮膚を溶かしていたのだ。
「これは…!」
「安心なさい。物理的な効果はありません。ですが、魂に直接傷を付けているので、暫く倦怠感は残りますよ」
「くっ!」
振りほどこうにも、身体の自由が効かない。
「市原架陰、目次禄の獣に愛された少年よ。このまま、あなたに取り憑いても良いのですよ」
「コノ馬鹿ガッ!」
悪魔が爪から斬撃を放ち、架陰に巻き付いた触手を切断した。
「ワシノ依代ニ触ルナ…」
「あら、怖い顔だこと」
自由になった隙に、架陰はクロールのように腕を回して、カレンに近づいた。
触手に絡まれたカレンに叫ぶ。
「カレンさん! 聞こえますか!」
触手を掴んで引き千切ろうとしたが、強靭に絡みついてびくともしない。
「カレンさん! カレンさん!」
「無駄よ。その子はもう目覚めない」
悪魔がにこやかに言った。
「もう、私のものなの」
「お前!」
思わず刀を抜いて、悪魔に向かって振っていた。
しかし、当然のごとく、精神世界の中では能力を発動することができない。
「カレンさんに! 何をしたんだ!」
「目次禄の獣と同じことをしたまでよ」
カレンの悪魔は、マントの奥の黒い闇から無数の触手を伸ばしてきて、架陰を拘束した。
「わかっているでしょう? あなたに取り憑いている悪魔は、あなたを助けるために取り憑いているわけじゃない。あなたの身体を乗っ取るために取り憑いているの」
「それは…」
それは事実だった。
十年前、アメリカでとる事件を起こして、アクアたちに討伐された悪魔は、魂だけとなり、架陰に取り憑いた。その目的は、彼の身体を奪って、再び復活することだ。
だが、今は、もう一つの魂、ジョセフに邪魔をされて本来の力を発揮できないでいるだけ。
もしチャンスがあるというのなら、すぐにでも架陰の身体を奪いに来る。
「悪魔はそうやって生きているの。人間の絶望に住み着き、そして、身体を奪う」
カレンの悪魔から大量の触手が伸びて、カレンに絡みつく。
カレンの華奢な身体は触手で覆われていって、ミイラのようになった。
「市原架陰、悪魔に愛された少年よ。君には何ができるのですか? この、親に捨てられて、絶望する少女を救うことができるとでも?」
「……っ!」
「勘違いしないでもらいたい。これは【救済】です。この子は、もう一人で生きていくことができません。誰かに頼りことも、できません。この私に、身体を捧げることこそが、この壊れた心を救う唯一の方法なのですよ」
「ふざけるな…!」
架陰は悪魔に背を向ける。
絡みついた触手の間から腕を出し、カレンに巻き付いた触手を引っ掻いた。
「カレンさんは! 僕たちの仲間だよ!」
その③




