【第131話】 悪魔の姦計 その①
舌先に味わう蜜の味
とろりとろり溶けていき
運河の荒野に望むは熊の牙
1
「【悪魔大翼】っ!」
「【明鳥黒破斬】ッ!」
空中で体勢を整えた二人は、同時に刀を振り下ろした。
架陰の【名刀・赫夜】からは、漆黒の三日月のような斬撃が。
クロナの【名刀・黒鴉】からは、無数の硬質化した羽が射出される。
二人の渾身の攻撃は、カレンを覆う茨の防御を吹き飛ばした。
「……ッ?」
カレンが背後の二人に気が付く。
すかさず、腕を振って茨を放った。
「きゃあっ!」
クロナが、茨に身体を打たれて吹き飛ぶ。
「クロナさんっ!」
「私はいいから! あんたはカレンさんを!」
「くっ!」
架陰は、吹き飛ばされていったクロナを横目に、刀を腰の鞘に納めた。
響也とクロナが命を掛けて作ったこの隙。
「無駄にするわけにはいかない!」
魔影を脚に集中させる。
そして、魔影の衝撃波を空中で炸裂させると、一気に加速してカレンとの間合いを詰めた。
「カレンさんっ!」
カレンの茨の能力の展開よりも速く。
カレンの茨の防御よりも強く。
強靭な精神と、不屈の覚悟を以て、彼女の懐へと飛び込んでいった。
そして、カレンの身体を抱きしめる。
「カレンさん! もう目を覚ましてくださいよ!」
強く抱きしめる。
(カレンさんは、悪魔に魂と身体を奪われている…!)
クロナが殴った時に気絶しなかったのはそのためだ。身体の操られているため、物理的な攻撃では歯が立たない。
ならば、カレンを止めることができる唯一の方法は、精神に癒着した悪魔を直接叩くこと。
(カレンさんの魂の中に、潜り込む!)
次の瞬間、架陰は魔影をカレンの後頭部に纏わせた。
「カレンさんッ!」
そして、意識を彼女の精神に潜り込ませる。
※
次の瞬間には、架陰はカレンの精神の世界に潜り込んでいた。
まるで深海のように真っ黒な世界。
肌を冷たい液体が滑り、音が全くしない空間だった。
(ここが、カレンさんの精神の世界…)
架陰は口から白い泡を吐きながら、果ての無い精神の世界を見渡した。
隣に誰かがいることに気が付く。
そこには、蜥蜴のような硬い外殻に覆われ、龍のような頭を持つ悪魔がいた。
架陰の精神に住み着く悪魔だ。
「悪魔…! なんでここに?」
「アタリマエダロウ? ワシノ力ガナケレバ。貴様ハコノ世界ニハイレナイノダカラナ」
悪魔は架陰の着物の襟を鋭い爪で掴むと、強い力で引っ張った。
「うわっ!」
「ツイテコイ。城之内カレンノ悪魔ノ所ニ案内スル」
まるで海を悠々と泳ぐ鮪のように、悪魔はすっと加速して、暗闇の中を突き進んでいった。
体感は五分ほど。現実世界ではどのくらいの時間が経っただろうか?
進んでいた先に、ぼんやりと明るいものが見えた。
「あれは…!」
「アレガ、城之内カレンノ悪魔ダ」
能面のような、白く無機質な顔面に、触手のように伸びる灰色の髪の毛。胴体は骨格標本のように異様に細く、黒い茨を纏うように辺りに漂わせている。
そんな異形の悪魔が、目を閉じて眠るカレンの身体を守るようにして浮いていた。
架陰と彼の悪魔の接近に気が付いた、カレンの悪魔は、カタカタと笑いながら二人の方を向いた。
「来ましたね。市原架陰…、そして、目次禄の獣よ…」
「カレンさんを、解放しろ!」
架陰は出会い頭に、腰の刀を抜くと、闇に向かって一閃した。
「悪魔大翼!」
しかし、刀からは何もでなかった。
「技が出ない…?」
「無駄です。ここは精神の世界ですからね。目次禄の獣とジョセフの能力など何の役にも立ちません」
「……」
無駄だとわかった架陰は、静かに刀を鞘に納めた。
それを確認してから、架陰の悪魔が口を開いた。
「名モ無イ、中級悪魔ガ、ヨクモワシニ反抗デキルモノダナ」
「あら? 十年前の目次禄の再臨に失敗して、精神だけとなった貴方様に言われたくはありませんね…」
「ホザケ…、身体ナラココニアル」
悪魔はにちゃりと水気のある笑みを浮かべると、隣の架陰の頭を撫でた。
そのぞくっとした感触に、架陰は身震いした。
「悪魔ノ堕彗児ガ貴様ヲ狙ッテイル」
「そんなこと、知っていますよ?」
「貴様ヲ奴等ノ手ニ渡シタラ少々厄介デナ。ココデワシニ喰ワレテ消エテモラウゾ?」
「あら、それは怖い」
カレンの悪魔はそう言って笑うと、護っていたカレンの白い頬を、枝のように細い手で撫でた。
「生憎、この子はもう私のものです。もう、誰にも渡しません」
「サセン…」
精神の中。
悪魔と悪魔の戦いが始まった。
その②に続く




