【第130話】 カレン その①
彼女の名は
城之内カレン
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「うう…」
響也は呻きながら、ゆっくりと上体を起こした。
脳内に水銀でも注射されたかのように頭が痛かった。
ぼんやりとする目で辺りを見渡す。
どうやら、ビルの隙間の路地に寝かされていたようだ。傍には、彼女の武器もそっと置いてあった。
「私は…」
自分は何を?
こめかみに指を押し当てて記憶を辿った瞬間、すぐに脳裏に電気のようなものが走った。
「カレン!」
そうだ。
自分は、カレンを助けにここに来た。だが、悪魔に身体を乗っ取られて暴走したカレンを前に何もすることができず、敗北した。
「助けないと…!」
響也は地面に手をついて立ち上がろうとした。
その瞬間、違和感に気が付く。
自分の肘から下の腕があった。
「腕がある…?」
どういうことだ?
響也の腕は、カレンと交戦した際に、彼女の茨によって引き千切られたはずだった。
あの激痛が夢だったかのように、肘から下に腕が生えているのだ。
「なんで腕が…?」
「目を覚ましましたね?」
背後に、架陰が立っていた。
「架陰…」
「どうやら、クロナさんが連行してきた、【太歳】の能力者のおかげで一命を取り留めたみたいです」
太歳?
聞いたことが無い能力だった。
だが、ちぎられた響也の腕を完全に元通りにするまでの回復能力。
UМAハンターが常備している【回復薬】よりも優秀な効能を持っていることは確かだった。
二人が回復した経緯は置いておいて、架陰は目元に力を込めて、路地の先を睨んだ。
「クロナさんがカレンさんと交戦しています」
「クロナが…?」
「もちろん、椿班も薔薇班も協力してくれていますが…、手も足も出ない状況ですね」
「そうか…」
響也はすぐに状況を理解すると、今度こそ立ち上がった。
武器の死神の鎌を拾い上げる。
「私たちもすぐに加勢しよう」
と言った傍から、響也の手から武器が落ちて、アスファルトの上でガシャンッ! と跳ねた。
「……」
響也は茫然とその光景を見つめた。
「まだ完全に回復していないみたいですね。指先に力が入らないんじゃないですか?」
響也に起こったことを的確に予想した架陰は、厳しい表情をした。
響也も素直に頷く。
「そうだな…、まだ手の痺れが治まらない。見た目で腕はくっついているんだろうが…、内部の神経がまだ上手く繋がっていないんだろうな…」
それから、「架陰?」と聞いた。
「お前は、大丈夫なのか?」
「僕は大丈夫です」
架陰はにかっと笑うと、自身の腹を叩いた。
「茨に貫かれた傷も無事塞がりました。すぐにでも行けます!」
「そうか…」
架陰は、腰帯に刀を差して、自分の違和感の無い位置に調整した。
それから、首だけで響也の方を振り返る。
「じゃあ、僕は先に援護に回っています」
走り出す。
その背中を、響也は引き留めた。
「なあ、架陰…」
名を呼ばれた架陰は、ぴたっと止まり、振り返った。
「どうしたんですか? 響也さん?」
「ああ、すまない」
思わず声に出ていたことなんて言えず、響也はたじたじとした。
そして、思い切って言った。
「私は、お前らに嘘をついていた…」
「え…? 嘘?」
「ああ、実は…、カレンの正体について、何となく理解していたんだよ…」
城之内カレンは、よく自身のことを「私は城之内家時期当主」と言っていた。
だが、その言葉が矛盾していることくらい、響也のぼんやりとした頭でも気づくことができた。
響也とカレンが初めて出会ったのは、夜の廃工場の裏だった。
カレンは不良らと喧嘩をして、彼らを再起不能までにのしていた。
そんな横暴な女が、名家の跡取りであるはずがない。
その漠然とした矛盾から、響也はカレンの正体に気づきかけていたのだ。
「だけど、私は、考えるのを辞めた…」
「……」
「あのままでいたいと思ったからだ…」
カレンはカレンだ。
例え、その正体が、城之内家から追い出された哀れな少女だったとしても、響也の中では、カレンは城之内家の時期当主であってほしかったのだ。
「架陰、私はどうしたらいい?」
「響也さん…」
「カレンを止めるか? それとも、あいつを楽にしてやるか…」
そこまで言った瞬間、架陰は首を横に振った。
たった一言。
たった一言を響也に言う。
「いいえ、助けましょう」
その②に続く




