伝わる声 その③
この声があの荒波を超えて
あなたの寝所に届くように
私は今日も鈴を鳴らす
3
「カレンさん…」
クロナの肩を、極細の茨が貫通する。
そのまま、クロナをビルの壁に貼りつけにした。
「く…」
痛みのあまり顔を顰めるクロナ。
腕の力が抜けて、握っていた刀を手放してしまった。
カシャンッ!
と、地面に激突した刀が跳ねる。
じわじわと血が染みだし、クロナの着物を赤く染め上げていった。
「これでも、だめなのか…」
クロナは半ば諦めたようにうなだれた。
カレンの目は、闇に呑まれたように混濁したまま。その目でクロナを貫き、今、まさに殺そうと腕を振り上げている。
クロナはゆっくりと目を閉じた。
「すみません…、私じゃ、あなたを止められませんでした…」
そう言ったのと同時に、カレンが腕を虚空に向かって振り下ろした。
その瞬間、宙に茨が出現し、槍のようになってクロナに迫った。
クロナは死を覚悟した。
自分は、この茨に腹を貫かれて死ぬ。
走馬灯が脳裏を過った。
「カレンさん…」
初めて、カレンに出会った時のこと。
クロナはまだUМAハンターになったばかりで、右も左もわからない状態だった。
そんな時に、桜班に配属された。
先に配属されていた響也は、エナジードリンクばかり飲んで、クロナに何一つ教えてくれない。任務も放棄しがちで、クロナは何度も死にかけたことがあった。
そんな時、カレンに出会った。
カレンはおっとりとしながらも、クロナにUМAハンターとしてやるべきことを教えてくれた。戦い方、状況判断の仕方。身の動かし方。
確かに、おっとりとし過ぎて任務を忘れてしまうことが多々あり、完全に頼れる先輩ではなかった。
だが、彼女の優しさは、兄を失い、初めて放り込まれた砂漠のような環境の中で見つけた、オアシスのような存在だった。
(カレンさん…)
慕ったカレンに殺される。
(恨みませんよ…)
茨が、クロナの腹を貫く。
その直前。
「だああああああ! やっぱダメだああ!」
クロナは往生際悪く叫んだ。
「死んで、たまるかあ!」
叫んだ瞬間、彼女の声に触発されて、背中から翼が生える。
クロナの能力、【黒翼】。
「防げ!」
クロナは肩甲骨辺りから生えた、大翼をバクッ! と閉じると、自分の身体を覆った。
翼を盾代わりにしたのだ。
閉じた黒い翼に、茨が直撃する。
ミシッ!
と翼が大きく軋んだ。
「なんて威力…!」
クロナは全身に力を込めて、翼の形を維持しようと踏ん張る。
だが、茨もクロナの翼の盾を貫かんと、さらに勢いを強めた。
「ああ! ダメだ! 押し負ける!」
その瞬間、肩の傷から血が吹き出した。
それをきっかけに、身体の力ががくっと抜ける。
「しまった…!」
ここに来て、連戦での疲労が顕著に現れた。
力が抜けたことにより、クロナを守る翼の輪郭がぼやけた。
肉に指を突っ込むように、茨がずぶずぶと茨を浸食していく。
「貫かれる…!」
集中しろ。
自分に言い聞かせて、胃の底に残ったわずかな力を振り絞る。
もっと集中しろ。
もっと力を込めろ。
もっと、もっと。
もっと歯を食いしばれ。
もっと、踏ん張れ。
「ああああああああああああああっ!」
叫ぶ。
その瞬間、クロナの力が底をついた。
はっとする。
時すでに遅し。
クロナの黒翼は、空気に溶け込むようにして消滅した。
(能力の、時間切れ!)
障害物を失った茨は、一直線にクロナの腹に迫る。
今度こそ終わった。
「くうっ!」
来る激痛に供えて、クロナは身体に力を込めた。
「【悪魔大翼】ッッ!」
その瞬間、クロナの耳に、架陰の叫び声が届いた。
地上から、三日月の形をした黒い斬撃が飛んできて、クロナを貫こうとしていた茨を吹き飛ばす。
茨が消滅した瞬間、クロナは張りつけにされていたビルの壁から落下した。
身体がアスファルトに激突するよりも先に、飛び出した架陰が彼女を受け止める。
「架陰!」
「クロナさん! 無事ですか?」
「無事じゃない! 痛い!」
「ああ、そうですか! こっちは腹を貫かれていたんですから!」
クロナを抱えた架陰は、足に魔影を纏わせて地面を蹴り、一気に加速した。
カレンから百メートルほどの距離をとって、着地。
「あなた、大丈夫なの? お腹の傷は…?」
「大丈夫です。クロナさんが連れてきた【太歳】の能力者のおかげで、無事に回復しました…!」
架陰はクロナをそっと下ろした。
「響也さんも、もうすぐで全快できます! 今度こそ! 桜班全員でカレンさんを止めましょう!」
第130話に続く




