伝わる声 その②
もしもし
もうします
まうすまうせよ
もしものましか
2
「いい加減目を覚ましてくださいよ!」
カレンを呼ぶクロナの声が、闇の中に響いた。
暗闇の中にぷかぷかと浮かんだカレンは、それを黙って聞いた。
クロナが呼んでいる。
行かないと。
そう思うのに、腕が動かない。動きたくなかった。
カレンの傍に、悪魔が寄ってきて、にやっと笑うように言った。
「あなたのお仲間が呼んでいるわよ」
「うん、わかっている」
「行かなくてもいいのかしら?」
「行きたくないの…」
悪魔の嘘をまだ鵜呑みにしていたカレンは、自分が戻っても意味が無いと考えていた。
人を殺した。人を傷つけた。
人に、嘘をついた。
「私は城之内カレンじゃない…、城之内紅愛だから…」
架陰はカレンのことを尊敬し、慕ってくれた。だが、崇拝の対象はあくまでカレンだった。紅愛じゃない。
響也は、夜を放浪していたカレンに手を差し伸べてくれた。今の今まで、一緒に生きてくれた。だが、響也が愛してくれたのは、カレンだ。紅愛じゃない。
この嘘がばれた今、現実世界に戻ったとしても、誰も喜ばない。
「もういいの、クロナ…」
殺して。
そう呟いた。
「私はもういいの。殺して。もう、生きたくないの。殺して」
※
「カレンさん!」
クロナは何度も彼女の名前を呼び続けた。
だが、喉を絞って放った言葉さえも、彼女には届かない。
何かを振り払うように、何かを殺すように、何かを憎むように、髪の毛を振り乱して腕を振った。
たちまち、四方八方に黒い茨が出現し、カレンを取り囲むUМAハンターたちを吹き飛ばした。
「くっ!」
唯一その攻撃を回避したクロナは、奥歯を噛み締めて、振り返る。
「無理なの…?」
六人がかりでも、カレンを止めることができない。
見れば、鉄平も、真子も、八坂も。そして、屋上で援護攻撃をしていた斎藤や桐谷も、カレンの攻撃を前に、地に伏していた。
(やっぱり、四方八方から襲ってくるカレンさんの攻撃は、並大抵の機動力が無ければ防ぐことは不可能…!)
クロナがここまで倒れずに残っているのは、背中に生えた黒い翼のおかげだった。これを羽ばたかせることで、ある程度の攻撃は回避することができた。
(架陰も響也さんもやられた今、主戦力は私!)
そう自分に言い聞かせると、クロナは翼を羽ばたかせて、急降下した。
地面とすれすれで飛行し、カレンへと突っ込んでいく。
(お願い! カレンさん!)
カレンはすかさず、能力を発動。
クロナの目の前に、茨が張り巡らされて行く手を阻んだ。
「茨の結界!」
思わず、クロナの身体が硬直する。
茨にこのまま突っ込めば、身体が傷つくことは不可避。
だけど、カレンに接近できない以上、彼女のことを止めることはできない。
他の者がやられた今、それができるのは、クロナだけだった。
「ああ! もう!」
クロナはやけになって叫んだ。
「覚悟決めろ! この馬鹿!」
腕にぐっと力を込める。
歯を食いしばる。
握っていた刀を前方に突き出し、スピードを上げて、茨に突っ込んでいいった。
「おらあッ!」
刃が茨を切り裂く。
茨が、クロナを切り裂く。
肩や腕、脚に赤い線が走り、鮮血が引き出す。
焼けるような痛みに耐えて、クロナは突き進んだ。
「おおおりゃあああああ!」
必要なのは勇気。
腕が飛ぼうが、脚が飛ぼうが。
(カレンさんは辛い目に遭ってきたんだ! だったら、私も! 私たちも、このくらいの苦しみに耐えなきゃ! 行動に説得力を持たないでしょうが!)
茨を突き抜けるクロナ。
「カレンさん!」
足の先から頭の先までを、血で真っ赤にして叫んだ。
「帰りますよ!」
その言葉に、カレンの動きが一瞬、鈍くなった気がした。
クロナは鞘に刀を納めると、拳を握った。
「私たちの桜班に!」
拳を、カレンの脳天目掛けて振り下ろした。
ゴツン!
と、鈍い音が響き、カレンの頭ががくっと下がる。
(どうだ…?)
脳震盪を狙った一撃。
だが、カレンはすぐに体勢を立て直して、顔を上げた。
「私は城之内カレン…」
そう言うやいなや、茨を発生させて、クロナの肩を穿った。
「くっ!」
細い茨に肩を貫かれたクロナは、そのまま間合いから飛ばされて、ビルの壁に叩きつけられた。
「くうっ!」
失敗。
カレンは拳を握って茨を操作すると、さらにクロナの傷にねじ込んできた。
「あ! ああ…、ああ!」
肉を抉られる激痛がクロナを襲う。
肩から血が噴出して、彼女の腕を伝った。
「カレンさん、カレンさん…、もう」
「私は城之内カレン…」
その③に続く




