薔薇一輪 その③
昼下がりに眠る
薔薇の花弁を掬い
神さまの転寝に
私は息を継ぐ
3
クロナは刀の柄紐に指を這わせてしっかりと握ると、足腰に力を入れて立ち上がった。
彼女を援護するように、鉄平、真子、八坂が武器を構える。
「さっき言った通り、カレンさんを止めるわよ」
上を見た。
「わかっているでしょうね! カレンさんを止めるわよ!」
屋上で待機していた薔薇班の斎藤と桐谷も、強く頷いた。
「承知しました!」
「わかってんだよ!」
頬を冷や汗が伝う。
それをぺろりと舐めて、クロナは、目の前のカレン見据えた。
(カレンさん、今、助けてあげますからね…)
カレンに意識は集中するものの、クロナにはきがかりなものがあった。
それが、【悪魔の堕彗児】の存在だ。
(どういうこと…?)
相変わらず、地面を【蜻蛉】の能力である肉塊が覆っている。彼女を始めとする悪魔の堕彗児たちがどこかで息を潜めていることは確か。
だが、何処にもその気配を感じることができなかった。
(カレンさんが正気を失っているとは言え、内乱を起こしているのよ?)
普通に考えれば、この機を逃さず、攻撃してくるのが妥当だった。
それなのに、悪魔の堕彗児が襲ってこない。
(あいつらの目的が、よくわからないわね…)
考え事をしていると、鉄平が叫んだ。
「クロナ姐さん! 来るぞ!」
はっとする。
言葉に蹴り飛ばされるようにしてその場から飛びのくと、立っていた場所に茨が叩きつけられ、肉塊とアスファルトもろとも粉砕した。
粉塵が舞い上がる。
「カレンさん!」
身の竦むほどの殺意。
クロナはUМAハンターたちに指令を発した。
「全員でカレンさんの足止めをする!」
「「「「「了解!」」」」」
まずは、クロナが能力を発動した。
「能力! 【黒翼】!」
背中の肩甲骨辺りから、漆黒の大翼が生え、彼女の飛行を可能にする。
クロナは翼を羽ばたかせて、地面を滑空すると、カレンへと斬り込んだ。
当然、カレンは能力を発動して、クロナの斬撃を防ごうとする。
しかし、クロナは直前で方向を転換させると、一気に上空まで駆け上った。
(わかるわね…?)
正面から戦ったところで、いつ、何処から現れるかわからない茨の攻撃を突破することは不可能。
ならば、こうやってクロナが上空を飛行して、カレンの意識を引き付けることで。
「いけ!」
他の者たちが動きやすくなる。
「行くッスよ!」
「おう、真子!」
真子は弓の弦に、矢を掛けた。
隣の八坂も、ライフルに銃弾を装填する。
倒すのではない。
あくまで、止める。
(この戦いにおいて、カレンさんを止める重要な役を担うのが、椿の真子ちゃんと、八坂くん!)
この中で、あの二人のみなのだ。
敵の動きを封じることができる、【麻酔銃】を所持している者は。
真子は「いけえッ!」と渾身の叫びと共に、矢を放った。
「【麻酔矢】ッ!」
引き絞られた弦から解き放たれた一本の矢は、空気を裂き、「ヒュンッ!」と鳴きながら、カレンに向かって放たれた。
鏃には、強力な麻酔薬な塗られている。
カレンは、クロナの方に目を向けているために気づいていない。
(やった!)
そう確信した瞬間、カレンの黒いドレスから伸びる脚を、矢が掠めた。
白い肌に赤い線が走り、次の瞬間には血が吹き出していた。
「よし!」
「あたった!」
象をも昏倒させる強力な麻酔。
倒れないはずがなかった。
だが、カレンは自分の脚から流れる血を見ると、それから、真子を一瞥した。
「っ!」
何か嫌なものを感じた真子は、背中の矢のケースからもう一本の麻酔矢を抜こうとする。
それよりも先に、カレンが腕を振った。
茨が出現して、至近距離から真子を吹き飛ばした。
「がはッ!」
「真子!」
鉄平が悲痛な叫びを上げる。
真子は自分の状態を示すために、口から血を吐きながら叫んだ。
「私は大丈夫ッス! 続けてください!」
「わかってる!」
すかさず、八坂がライフルの引き金を引いた。
「【麻酔銃】!」
ドンッ!
黒いライフルの銃口から閃光が放たれ、鼻を突く消炎の香りと共に、麻酔弾が放たれる。
神速の一撃は、カレンの右肩を打ちぬいた。
「どうだ…?」
強力な麻酔を二発も撃ち込んだのだ。
「気絶しろよ!」
そう願うように叫んだが、カレンは動き続ける。
ヒュンっと腕を振って茨を出現させると、生き物のように操り、八坂と、それを庇おうとした鉄平を吹き飛ばした。
椿班三人、揃って地面に叩きつけられる。
「ダメだ! こいつ、びくともしねえ!」
第129話に続く




