第18話 椿班登場!
私の祈りが
届かぬように
消えゆくように
私の涙が
溢れぬように
乾かぬように
鈴を鳴らす
1
吸血樹との死闘から特に変わった出来事も無く、一週間が経過した。
総司令官室の高級ソファーに横になった響也は、エナジードリンクの缶に差したストローを吸った。
「美味い・・・」
そこにアクアがやってくる。人の部屋でくつろぐ響也を見るなり、顔を顰めた。
「もー、何回も言ってるでしょ! ここは私の部屋だって!!」
響也は「すみませんね」と言いながらも、特に動こうとせず、またエナジードリンクを一口飲んだ。
「ここのソファーふかふかで・・・」
「だから私も座りたいの!」
アクアがダンッ!と床を踏みつけ怒っていると、また部屋の扉が開かれた。
「どうもー」
制服姿のクロナが入ってくる。
「あら、どうしたの?」
アクアが響也をソファーから引き剥がしながら尋ねると、クロナは「今、大丈夫ですか?」と確認を取った。
「UMAの情報が入ってきました」
2
架陰はコキコキと首を鳴らしながら歩いていた。
「あー、だるい・・・」
回復薬の効果で腹の傷は癒えたものの、ずしっとした疲労感が、まだ筋繊維の隙間に染み付いているような気がした。
しかし、UMAハンターである以上、毎日の鍛錬は欠かせない。とりあえず、成田高校へと向かう。
「いつも緊張するんだよな・・・」
この学校の地下に桜班の本拠地があるにしても、他校の生徒である架陰が足を踏み入れるのは気が引ける。いつ、「不審者です!」と通報されるのか分からない。
まあ、通報された覚えは無いので、いつものように正門をくぐった。
その時だ。
「あぁぁぁぁ!!」
突然、遠くから叫び声が聞こえた。
まさか不審者と間違われた?
架陰は身を固くする。
「架陰っ!! 遅いのよ!!」
走ってきたのは、着物姿のクロナ。
叫び声を上げたのは身内だと知り、架陰はほっとため息をついた。
「驚かせないでくださいよー」
と言った瞬間、クロナの細腕が架陰にラリアットを喰らわせる。
「わっ!!」
「ほら、さっさと調査に向かうわよ!!」
腕を架陰の首に引っ掛けたまま、架陰を引き摺って行く。
「は、離して・・・」
架陰は窒息しかけ、顔を青くしながら訴えたが、クロナは気にする様子もない。勢いよく、事件現場へと駆けて行ったのだった。
3
何とかしてクロナに解放してもらった架陰は、植え込みの中で持っていた着物に着替え、腰に刀を差した。
「ほら、早く!」
植え込みの外でクロナが急かす。
「すみません」
架陰は慌ててクロナのもとに出ていった。
急いでいたためか、架陰の着物はかなり乱れていた。一時はクロナも無視をしていたが、やはり気になるようで、直ぐに架陰の胸ぐらを掴んで、着物を整えた。
「行くわよ」
「はい」
二人は地面をを蹴り、民家の屋根の上に飛び移った。
「最短ルートで行くわよ」
クロナが駆け出す。それに架陰は続いた。
タンッと屋根瓦を蹴り、屋根から屋根へと飛び移る。
(やっぱり、速いな・・・)
まるで忍者のような動きをするクロナに、架陰は一瞬見とれた。その一瞬で、クロナと架陰の距離が一気に開く。
「置いていくわよ!」
「すみません・・・」
架陰は慌てて速度を上げた。
クロナの横に並ぶ。
「速くなったじゃない!」
「嫌でも速くなりますよ」
スピードを安定させた架陰は、事件現場に着く前に、どんなUMAの情報なのか聞いておく。
「あの、今回はどんな事件なんですか?」
クロナは少し間を置いて答えた。
「獣よ」
「獣?」
「ええ、道路の真ん中で人が殺されていたらしいけど、その殺され方が、まるで獣の牙に噛み殺されたようなものだったのよ」
つまり、今向かっているのは、その事件現場ということか。
そう考えると、否応無くため息が漏れ出る。また惨殺された死体を見なければならないのだ。
数分走ると、クロナが「着いたわよ!」と言った。と同時に、二人でスピードを緩める。そして、屋根からアスファルトの地面の上に舞い降りた。
「この先よ」
クロナが路地の先を指さして、さっさと歩いていく。架陰もクロナの後に続いた。
200メートル程歩くと、広い二車線の道路に出た。いつもなら交通量の多い道だが、今は、左右に通行止めの「keep out」テープが張られて、車の往来は見られない。
「ここよ」
「あれ、死体は?」
「もう警察が回収したわよ。欲しかったの?」
「いいえ」
「そうよね」
クロナと架陰は、閑散とした道路に足を踏み入れた。keep outのテープのおかげで、全く車が
来ない。
道路の真ん中に、黒い血痕が広がっていた。
「ここですね」
「ええ。ここらしいわね」
クロナはしゃがみこんで、黒い染みをじっと見た。臭いや色からして、血液であることは間違いない。
「吸血樹ではないようですね」
架陰はふとそんなことを言っていた。吸血樹なら、血は一滴も残さず吸い取ってしまうからだ。
その時だった。
「!」
突然、クロナが弾かれたように動き出す。そして、架陰に覆いかぶさっていた。
「えっ!?」
「危ない!!」
ヒャンッ!!と空気を裂く音が、頭上を掠める。そして、アスファルトの上に何かが突き刺さった。
「あれは」
「弓矢!?」
それは、神社のお守りにも使われる、大昔の弓矢だった。
「敵襲!?」
架陰は違和感を感じた。今のは、明らかにクロナと架陰を狙って放たれたものだ。つまり、人的な何かの攻撃。
クロナは矢を見て、「ちっ!」と舌打ちをした。
「厄介なのがやってきたわ!」
その②に続く
その②に続く




