表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
UMAハンターKAIN  作者: バーニー
429/530

【第128話】 薔薇一輪 その①

北風吹き抜け


薔薇の色を奪う


夕立ち注ぎて


薔薇の棘を削ぐ


熱砂に晒して


薔薇の根を煮る


誰かが彼女の名前を呼ぶ。


「もうやめて…、紅愛…」


カレンは、暗闇の中で目を覚ました。


目の前に広がるのは、漆黒の闇。


身体中を生ぬるい液体のようなものが満たし、彼女の身体を浮かばせている。髪の毛や着物の袖がそよそよと揺れた。


「ここは…」


自分は何をしている?


記憶を辿る。


確か、自分は悪魔の堕彗児に連れ去られて、地下空間の壁に貼りつけにされていた。そこに、鬼丸や唐草を始めとする悪魔の堕彗児たちがやってきて、自分に何かを言った。


その先の記憶がない。


「私は、何を…」


彼女の鼻の奥を、血の臭いが貫いた。


まるでビデオのノイズのように、カレンの耳元でざらつく者が擦れるような音が聞こえた。


記憶が、砂嵐が晴れるかのように鮮明になる。


「ああ、そうか…」


カレンは暗闇の中、一人で合点した。


「私は、城之内、紅愛か…」


もう、随分と眠っていたような感覚に陥った。


日曜日、平日の分を補うように寝溜めしたときのような、気怠くも、清々しい気分。


その時、浮かぶ彼女の周りを、誰かがぐるぐると旋回しているのに気が付いた。


「……」


人間じゃない。


UМAとも違う、異形の生物だった。


能面のような、白く、無機質な顔面に、触手のように伸びる灰色の髪の毛。胴体は骨格標本のように異様に細く、黒い茨を纏うように辺りに漂わせている。


それが、彼女の精神に取り憑く悪魔だった。


「おはよう。私のかわいいカレン…」


悪魔は流暢な日本語でカレンの名を呼んだ。


「ぐっすりと眠れたかしら?」


「……私は、何をしているの?」


「復讐をしているのよ」


仮面のような顔面が、カタカタと笑った。


「復讐」


もう一度言う。


「あなたを捨てた人間、あなたを忘れた人間、あなたの邪魔をした人間。そのすべてに、復讐をしているの。してあげているの」


「……」


ふと、自分の手に視線を移す。


白く、綺麗な手のはずだった。


だが、心なしかべったりとしたものがこびり付いているような気がした…。


記憶がちりちりと蘇る。


「ああ…、そうか…」


自分は、人を傷つけた。


そう自覚した瞬間、悪魔がぬるりとカレンの方に顔を寄せてきて、囁くように言った。


「三人、死んだわ」


「え…」


喉の奥で、何かが弾けた。


「三人、死んだ…?」


「ええ」


悪魔は満足げに笑った。


「鈴白響也。西原。そして、市原架陰」


何度も言い聞かせるように言う。


「みんな、あなたを苦しめようとした人間よ?」


「違う…」


カレンは声を震わせながら否定した。そうしないと、自我を保てないような気がしたからだ。


「あの人たちは…、違う…!」


「何処が違うの?」


悪魔は挑戦的に言った。


「わかっているでしょう? あなたは、自分を偽って生きてきたのよ? 本名は城之内紅愛。忌み子とされて、城之内家に捨てられた、哀れな子。それなのに、自分のことを城之内カレンと偽り、みんなを騙して、今までのうのうと生きてきたじゃない?」


「ち、がう…」


指先がぐにゃりと曲がった。


自分の身体の形を保つことができない。


「違う…」


目から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。


「鈴白響也が、あなたを愛したのも、あなたが『城之内カレン』だったから。西原があなたを保護したのも、あなたが『城之内カレン』だったから。市原架陰があなたを慕ったのも、あなたが、『城之内カレン』だったから」


もうわかるでしょう?


と、諭すように悪魔は言った。


「ばれちゃったわね。あなたが偽物だということが」


偽物。


その言葉が、鈍重な濁流となって、カレンを呑み込んだ。


悪魔はカレンの背後から腕を回し、彼女を抱きしめた。


「城之内カレンじゃない女には用は無い。みんなが思っていることね。それに、あなたは仲間を傷つけた」


腕をちぎり。


腹を貫き。


拘束し、硬い地面に叩きつけた。


「死んだ」


死んだ。


「みんな死んだわ。あなたが殺したの」


私が殺した。自分の手で殺した。


「もういいでしょう?」


ああ、もういい。


城之内カレンじゃない。私は、城之内紅愛だ。


みんなを騙して、挙句には殺した。今更、戻っても残された者たちは紅愛を憎むはずだ。


とろんと、紅愛の瞼が重くなった。


もういい。どうでもいい。


紅愛が自身のことを「カレン」と名乗るようになってから、必死に手を伸ばして、生にしがみついてきたつもりだった。


何としても生きてやる。


そう思っていたのに、今、まさに、指の先からその「生」と言うものが零れ落ちた。


「もう、どうでもいい」


紅愛は俯き加減に言った。


「私を、殺して…」









その②に続く



その②に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ