【第127話】 神のみぞ知る その①
神さまの日記に書き記す
天使の朝食と
悪魔のショルダーバッグを
1
迫りくる西原に、城之内カレンは茨を槍のようにして放った。
すかさず結界を張って防ぐ。
しかし、茨が直撃した瞬間、結界に蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
「っ!」
バリンッ!
と、結界が砕け散る。
結界を突き破った茨は、勢いを殺すことなく、西原の腹に直撃した。
「がはっ!」
西原の腹から背中に掛けて、黒い茨が一直線に連なる。
「西原!」
「西原さん!」
彼の腹を貫通した茨は、空気に溶け込むようにして消滅した。
栓が無くなった瞬間、西原の腹の穴から赤黒い血が吹き出す。
身体中を繋いでいた糸が切れるように、西原から力が抜ける。踏みとどまることもできないまま、前のめりになって倒れこんだ。
「西原さん…」
血が地面に広がっていくのがわかった。
架陰たちを護っていた結界が消え去る。
(まずい…、西原さんの能力が解除された…!)
架陰は一瞬で判断を下すと、刀を拾い上げて、カレンに向かって斬り込んだ。
「カレンさん!」
カレンに刀を振り下ろす。
(絶対に止める!)
殺しはしない。だが、「半殺し」にしなければ、この暴走は止められないと判断した。
(これ以上犠牲は出さない!)
だが、直前で躊躇する。
腕がびくっと痙攣して、刃の軌道が逸れた。
刀の切っ先が空を斬る。
(しまった! 空振り…!)
その隙を、カレンは見逃さなかった。
蠅を払うかのように腕を振ると、架陰の右側から茨が出現して、彼を吹き飛ばす。
防ぐことができなかった架陰は、背中からビルの自動扉にガラスに突っ込んだ。
ガシャンッ!
と透明のガラスが粉々に砕け散り、その破片が、架陰の背中に突き刺さる。
「はあ、はあ、はあ…」
激痛に耐えながら、架陰は再び立った。
「くそ…、だめだ…! 斬れない…! 倒せない…! 止められない…!」
先ほどの一撃で、また骨が数本折れた。痛みは、悪魔とジョセフが緩和しているので、大した痛みではない。問題は、この出血だ。
(まずい…、血を流し過ぎた…)
地面が沼に変わったかのように、足元がおぼつかない。
そう思った傍から、視界が揺れる。
はっとした時にはもう遅く、カレンの放った茨が、腹に直撃していた。
「ぐっ!」
咄嗟に、魔影を腹に集中させて、威力を軽減する。
だが、踏ん張ることができず、そのまま、ビルの内部に押し込まれた。
ドンッ!
壁にめり込む。
パキッ! と乾いた音が響き、あばらがまた、数本折れた。
「あ、ああ、、あああ…」
その数本が肺に突き刺さり、息が詰まる。
「あ、ああ…、ああ…」
喉の奥から、どろっとした血が流れ落ちた。
(まずい…、意識が飛ぶ…!)
頭の奥で、腕をちぎられて倒れていた響也の姿がフラッシュバックした。
鈴白響也は、桜班の班長。つまり桜班で一番強い女。そんな彼女が、ああも簡単にやられたのだ。
交差点の真ん中で、血まみれになって倒れていた彼女を見て、暴走した城之内カレンの強さは、単に能力だけではないのだと常々思った。
傷つけられないじゃないか。
例え悪魔に身体を奪われていても、その姿は、優しい城之内カレンそのまま。
そして、彼女が悪魔に乗っ取られる経緯となったのが、親による選別だなんて知らされたらなおさらだ。
「攻撃…、できないよ…」
茨の攻撃から、悲しみと憎しみが一緒にやってきて、架陰の身体を焼くようだった。
「わかりましたよ…、あなたが、悲しい目にあってきたことは…!」
茨が飛んできた。
もう躱すことができなかった。
「っ!」
架陰の腹を、黒い茨が突き抜ける。
腹に茨が刺さった状態で、架陰は続けた。
「悲しいんですよね…! 泣きたいんですよね…!」
痛みとともに流れ込んでくる、カレンの悲しみ、怒り、憎しみ、恐怖。
「ごめんなさい…、カレンさん…」
思い出すのは、初めて出会った時のこと。
架陰はまだUМAハンターになったばかりで、右も左もわからず、目的地もわからぬまま奔走していた。
あの日、あの、大雨の日。一緒に、鬼蛙と戦った日。
カレンは、架陰に強さを教えてくれた。戦い方を教えてくれた。
「僕…、あなたのことを、尊敬しています…、大好きです…、優しくて…、ほんわかとしていて…、でも、しっかりしていて…、響也さんのエナドリの飲みすぎを再三注意していて…!」
腹を貫通した茨が消え失せた。
途端に、腹の傷から血がどろどろと流れ落ちる。
「あなたのことを…、【完璧な人間】だと、勘違いしていましたよ…」
自嘲気味に笑うと、その場に膝を着いた。
「でも、よかった…、あなたが、弱さを抱えた人で…」
意識が薄れる。それを気合だけで繋ぎとめると、カレンに言った。
「戻ってきてください…、カレンさん…、みんな、待っていますから…」
それが、架陰の限界だった。
その言葉を絞り出したあと、彼は意識を失い、その場に倒れこんだ。
その②に続く
捕捉
架陰とカレンの最初の出会いは、雨の日の『鬼蛙討伐任務』です。




