剣を握る処刑人 その③
親殺しとはこのことか
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「くそ、ここまでか…」
迫りくる城之内カレンを前にして、架陰は敗北を覚悟した。
せめて、花蓮だけでも逃がそうと、彼女の身体を支えて起こす。しかし、先ほど食らった攻撃のダメージが大きく、花蓮は立ってもすぐによろめいた。
「架陰さま…、逃げてください」
「ダメですよ!」
背後に、城之内カレンが立った。
架陰は首を油の切れたロボットのように動かして振り返る。
そこにいたのは、カレンであって、カレンではない女だった。
「カレンさん、目を、覚ましてくださいよ…」
声を掛けるが、カレンの目に失った光は宿らない。
ただ、目の前の人間を殺すためだけに動く、悪魔だった。
カレンは静かに腕を振り上げた。
攻撃が来る。
空間に茨が出現して、獲物に絡みつくのだ。そして、棘を突き立てて身動きをとれないようにして、いたぶり続ける。
あの優しいカレンとは思えない、冷淡な攻撃だった。
「カレンさん…」
架陰は目を閉じた。
空中に、黒い茨が出現する。
まるで生き物のように動くそれは、架陰を捕捉するために、襲い掛かった。
バンッッ!!
だが、茨は架陰の鼻先ではじき返され、消滅した。
「え…?」
思わず閉じていた目を開ける。
見れば、彼の前の前に半透明のガラスのようなものが出現していた。
それが、茨から架陰を守ったのだ。
「これは…!」
「この能力は!」
花蓮も気が付いた。
遠くから誰かの走る音が近づいてくる。
まだ、希望は捨てていられなかった。
架陰と花蓮は一斉に背後を振り返った。
「架陰さま! 花蓮さま! ご無事ですか!」
黒いタキシードを身に纏い、左手に杖を携えた初老の老人が、健脚を使ってこちらへと接近してきていた。
「あれは!」
「西原!」
ピンチの時に現れる救世主。
それは、薔薇班・四席【西原】だった。
そして、茨の攻撃から二人を護ったこのガラスのような物質は、西原の能力によって作り出された【結界】のようなものだ。
「能力、結界!」
走りながら、西原は指を鳴らした。
たちまち、能力が発動。
架陰と花蓮の周りを取り囲むようにして、半透明の、やや光沢の入った結界が出現。城之内カレンの茨の攻撃を全て撥ね退けた。
「すごい! 茨の攻撃が通用していない!」
「当たり前です! 西原の結界は、防御特化ですから、並みの攻撃は通しません!」
西原が駆け付けてくれた。ということは、悪魔の堕彗児の、【神谷】、【女郎】、【唐草】たちを倒したのか、それとも、包囲網を抜けてきたのか。
説明は後。
と言わんばかり、西原は杖の柄を掴み、素早く抜刀した。
仕込み剣の刃が姿を現し、陽光を浴びて鋭く光った。
西原は老眼で、城之内カレンを一瞥した。
「カレンさま…!」
案の定、最悪の自体が起こってしまった。
城之内カレンと、城之内花蓮との皆合。
それをきっかけに、カレンの心が完全に崩壊し、彼女に取り憑いていた悪魔に身体を支配されてしまった。
「全ては、これをひた隠しにしていた私の責任!」
思い出すは、十年前のこと。
城之内家の当主は、生まれてきた双子を忌み子として毛嫌いし、【紅愛】と【花蓮】を天秤に掛けた。
そして、城之内花蓮を時期当主にすることを決定し、妹の紅愛は、地下牢に閉じ込めて『いなかった』ことにしてしまった。
それにより、紅愛は心を病み、自分のことを『城之内カレン』と名乗るようになった。
「二人を立派に育ててね」
これは、「畜生腹」と蔑まれて家を追われた母親が西原に残したセリフだ。
約束は必ず守る。
だから、紅愛を切り捨てることができなかった西原は、地下牢から紅愛を救出し、自分の家にかくまい『城之内カレン』として育ててきた。
その嘘が、今、白日のもととなった。
「カレン様!」
西原は激情に駆られるまま、カレンの名を呼んだ。
「落ち着いてくださいませ!」
言ったそばから、茨が飛んできた。
西原は指を鳴らして結界を作り出し、攻撃を弾く。
「カレンさま!」
何度だって彼女の名を呼んだ。
「一緒に帰りましょう!」
だが、茨の攻撃は止むことは無い。まるで、夏の夕立ちのように、激しく、弾丸のような勢いをもって、西原を襲った。
結界で防ぐ。
しかし、あまりにもの威力に、結界に亀裂が入った。
「これは!」
そして、結界が粉々に破壊される。
結界を貫いた茨は、そのままの勢いをもって、西原の腹を穿った。
ブチュッ!」
と、湿気た音が響く。
「がはッ!」
茨が、西原の腹から背中に掛けて、一直線に貫通していた。
第127話に続く




