愛しき我が子へ その②
愛しき母へ
死んでください
2
(なるほどな.......)
鬼丸は一人で頷いた。
頭の中に声が響いてくる。
凛とした、よく通る女の声。さしずめ、城之内カレンにとり憑いている悪魔のもの。
「私の娘に、危害を加えないで」
その声が聞こえた瞬間、壁に磔にされている城之内カレンの身体に異変が起こった。
目をカッと見開く。
白目の部分が赤く染まり、目じりから血の涙が流れ落ちた。
パキパキと、骨が軋むような音が響いた。
(何をしている.......?)
「「出ておいで.......」」
城之内カレンと、悪魔の声が重なって聞こえた。
その瞬間、城之内カレンの周りに茨が出現して、彼女の手首の拘束を切断した。
自由の身になる城之内カレン。
地面にふわりと降り立つと、歯を見せてにいっと笑った。
「【闇に鎖されし鬼の逆襲】.......」
指を鳴らすと、虚空から茨が出現した。今までのものよりも形をはっきりと保ち、漆黒の色をしている。
(形がはっきりとして、色が濃くなった.......!?)
鬼丸は警戒して足を半歩下げた。
(恐らく、威力が上がっているはずだ)
城之内カレンは目を真っ赤に充血させたまま鬼丸を見据えると、拘束具で青くなった右腕で手刀を作り出した。
手刀を、数十メートル離れた鬼丸に向かって振る。
彼女の手と連動して、宙に出現した黒茨が蛇のようにうねって、鬼丸に襲いかかった。
「ふっ!」
鬼丸は斬撃を放って迎え撃つ。
しかし、刀から放たれた飛ぶ刃は、黒茨によって吹き飛ばされてしまった。
「やはり、威力が上がっているのか!!」
鬼丸はその場から飛び退く。
彼が立っていた場所に、黒茨が叩きつけられて、床を粉砕した。
「あは、あばばばば.......」
城之内カレンは口を半開きにし、口の端からだらしなくヨダレを垂らしながら笑った。
「あは.......!!」
城之内カレンの頬が赤く染まる。
鬼丸は、戦場の空気が、さらに一転したことに気づいた。
だが、時すでに遅し。
次の瞬間、鬼丸の足元から茨が飛び出して、彼を天井へと押し上げた。
鬼丸は足元に向かって斬撃を放つと、茨を根元から真っ二つに斬り裂いた。
(やはり、この女.......、強いが、大したことは無い!!)
「本当にそうでしょうか?」
鬼丸の心を読んだ、城之内カレンの悪魔が嘲るように言った。
「愚かな子供たち。あなたは、十年前の黙示録の獣の力の欠片を頂いただけだと言うのに!!」
(っ!!)
鬼丸は目を見開き、頭の中に響いてきた悪魔の声に意識を向けた。
(こいつ、知っているのか?)
「知っているもなにも、私も、悪魔の一人ですからね」
ギラりと光る、城之内カレンの瞳。
鬼丸の意識が逸れた瞬間、城之内カレン、いや、彼女にとり憑いている悪魔は能力を発動させた。
「っ!?」
四方八方から、黒茨が飛び出して、鬼丸に迫る。
(小賢しい!!!)
鬼丸は身を反転させて、広域に斬撃を放ち、それらを吹き飛ばした。
(なんだ.......、この女は.......!?)
床を踏みしめる鬼丸。
分からない。
分からないのだ。
城之内カレンに取り憑いている悪魔は、【中級】。つまり、大して強くはない。ということだ。
実際、強くはない。
不意に茨を出されたら厄介だが、研鑽を詰んだ鬼丸なら、今まで通り斬り落とせる。
だが、鬼丸は指先に痺れるような違和感を抱いていた。
この悪魔、いや、女。
(底が見えない!!)
「ふふ、いいでしょ?」
またもや鬼丸の心を読む悪魔。
指先から、極細に絞った茨を発射させ、新体操のリボンのように操った。
(普通の攻撃.......?)
迫る茨。
とりあえず、刀で斬り落とす。
(殺気が無い.......、陽動が?)
「本当にそう思いますか?」
城之内カレンの身体を操った悪魔は、指を鳴らした。
その瞬間、切り落とした茨が蠢き、鬼丸の身体に巻きつく。
「っ!!」
身動きを封じられる鬼丸。
「こんなもの.......」
腕に力を込めて、無理やり茨を引きちぎった。
「おそるるに足らん.......」
静かに城之内カレンとの間合いを詰めて、刀を振った。
だが、城之内カレンは後方にふわりと飛んで、それを躱す。
目は相変わらず真っ赤に染まり、口はニタニタと笑っている。
「そろそろですねぇ!!」
突如、頭に響いていた悪魔の声が上擦った。
その悪意のある声に、鬼丸は言い知れぬ不安を抱いた。
(こいつ、やはり、何かを企んでいるな.......)
次の瞬間、鬼丸の右後ろの死角から茨が飛んできた。
当然、気配を読んで躱す。
(何をする気.......)
「ただの時間稼ぎです」
城之内カレンはニヤッと笑った。
それからまた、鬼丸の頭に悪魔の声が響く。
「確かにあなたは強い。私は弱い。ですが、頭なら私の方が上だったようですね」
その③に続く




