化けの皮が剥がれる時 その②
天邪鬼の指さすままに
天神様に頭を垂れて
天ノ川に流るるは
天翔一切光輪の矢
2
「お前.......、何者だ?」
鬼丸は、核心を突いた質問をカレンに投げかけた。
城之内カレン。
鬼丸の目の前で磔にされている少女は、自分のことをそう名乗っている。
城之内カレン。
城之内家次期当主。
しかし、それでは辻褄か合わないのだ。
同じ名前の女が、薔薇班にも存在する。それが、【城之内花蓮】。
彼女もまた、自分のことを【城之内家次期当主】と名乗っている。
「もう一度聞こう.......、お前は、何者だ?」
「「黙れ.......」」
鬼丸の耳に、エコーが入った女の声が響いた。
(今のは?)
カレンのものであり、カレンのものでは無い声だった。
さしずめ、彼女に住み着く悪魔のもの。
「話が早いな」
鬼丸は腰の刀に手をかけて、何時でも応戦ができるようにした。
カレンはガクッと首を折ると、ブツブツとうつむき加減で何かを呟く。
「私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン.......」
壊れたレコードのようだった。
次の瞬間、空間の空気に刺激が混ざった。
頬を裂くような殺気が、辺りに漂い始める。
(殺気.......)
鬼丸はため息をつく。
(この程度なら、私一人でもやれないことはない。だが.......、万が一のことも考えないとな.......)
丁度その時、天井に空いた穴から誰かが飛び降りて来た。
カツンッ!!
と、乾いた音を立てて着地。
身軽な袴に、重厚感のある革鎧。髪が肩まで伸びており、飄々とした顔が鬼丸の方を振り返った。
「やあ、鬼丸殿」
「唐草.......」
眉間に皺を寄せる鬼丸。
「貴様.......、持ち場はどうした?」
唐草の役目は、薔薇班の足止めだった。
もし、薔薇班を上手く足止めして、ここにやってきたというのなら、何も言うことはないが、その仕事を放棄しているのなら、叱るつもりだった。
唐草は、肩を竦めて、軽々しく言った。
「失敗!!」
「..............」
今すぐこの男を斬り捨てたくなる鬼丸。
それを堪えて、聞いた。
「何があった?」
「予想よりも早く桜班が乗り込んで来ました。市原架陰に邪魔をされて、戦況が崩れています」
「そうか.......」
「まあ、安心してくださいよ」
唐草は、余裕の表情を浮かべて、下唇を舐めた。
「市原架陰の進行は止められませんでしたが.......、他の薔薇班なら足止めしています」
「それを晴れのように言うな」
「それにしても、凄いですね」
鬼丸の言葉を無視して、唐草は興奮した様子で、カレンの方を見た。
カレンはずっと譫言のように「私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン」と呟いている。
殺気が充満して、思わず顔を顰めた。
「この女の殺気、凄いですね。拘束を解いたら、すぐに襲いかかって来ますよ?」
「そうだな.......」
鬼丸はそう言った後、着物の裾を翻して唐草に背を向けた。
「あれ? どこ行くんですか?」
「近くに夜行の気配を感じた。迎えに行ってくる」
「夜行ねぇ。ボク、あいつ嫌いなんですよ。不死身だからって、偉そうに」
「確かに、夜行の行動には身に余るものがあるが.......、今は十分な戦力になる」
床を蹴って跳躍した鬼丸は、笹倉が入ってきた穴から外に出ていった。
それを手を振って見送った後、唐草は、城之内カレンの方に向き直った。
相変わらず「私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン」と言い続けている。
「ねえ、君、君の名前って、城之内カレンなの?」
「私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン.......」
ずっとこればっかりだ。
唐草は、「つれないな」と唇を尖らせた。
(この女、やっぱり、頭がイカれているのか.......)
イカれている。と言っても、二つのパターンがあった。
元からイカれているのか。
それとも、彼女の魂に悪魔が取り憑いたことで、イカれてしまったのか。
唐草が思うに、後者。
この女にとり憑いている悪魔を吸収すれば、我らが王はさらに強くなる。そして、市原架陰の悪魔を奪うことが可能になる。
「計画はもう少しで遂行できる.......」
これからのことを考えたら、自然と笑みがもれる唐草だった。
殺気がさらに濃くなった。
(ほんと、凄いな)
見れば、城之内カレンが「私は城之内カレン」と呟きながら、目を見開いてこちらを見ていた。
刺すような視線。
拘束しているから身動きは取れないものの、見られていると気分の悪いものだ。
「いい加減諦めな。君の悪魔は、これから我らが王に献上される。無駄な抵抗をすれば、本体もろとも殺してしまうかもしれないからさ」
「「うるさい」」
またもや、カレンのものであって、カレンのものでない声が響いた。
悪魔の声。
(へえ、なるほど)
唐草の頬から冷や汗が流れる。
(こいつ、僕が思うよりもやばいかもしれないな.......)
そう思った、次の瞬間、唐草は突然バランスを崩し、床に強く腰を打ち付けていた。
「いたっ!!」
思わずうめき声が洩れた。
「もー、急になんだよ.......」
立ち上がろうとしたが、立ち上がれなかった。
「っ!!」
床に、赤黒い血が広がっている。
まだ温かい。
誰のもの?
「僕のもの.......」
見れば、唐草の膝から下が消えている。
すぐそこに、切断された両足が転がっていた。
「は?」
唐草はただ、困惑するだけだった。
その③に続く
補足
唐草の能力は【山羊男】です。
発動すると、下半身が山羊の脚となり、脚力が格段に上がります。




