【第121話】 霧払い その①
濃霧の中に見る
まどろみの幻影
手を伸ばし掴むは
雪原の粉雪
1
クロナ達が立ち去った後の大通り。
ビル風が吹き抜け、砂埃が舞う。
信号機は無意味に点滅を繰り返し、その上を小鳥たちが悠々と飛び回った。
凄惨な事故現場のように、辺り一面に肉片が飛び散っていた。
それは、まるでスライムのようにぶよぶよと蠢き始め、一箇所に集まり始めた。
肉片と肉片がより集まり、肉塊となる。
肉塊と肉塊がより集まり、人の形となった。
「だあ、ちくしょう.......」
完全に回復した夜行は、頭をガリガリと引っ掻いた。
「逃げられたか.......」
気だるげに立ち上がる。
「まあ、いい。あいつにはオレの肉片を付けておいたからな.......、何時でも追うことができる.......」
それから、自分の身体の具合を確かめるために、肩を回し、関節をゴキゴキと鳴らした。
「試運転のつもりで戦ってみたが、なかなか調子がいい.......、肉片一つ一つの動きに精密さが増してるぜ.......」
以前、架陰と戦った夜行の身体に、変形能力は無かった。砕かれた肉片が再生する程度だったのだ。
だが、悪魔の堕慧児たちの助力を得て、肉片を操り、形状を変化させる術を覚えた。
「蜻蛉ちゃんには感謝するぜ」
夜行はぺたぺたと歩き始める。
その背中の肉がボコボコと盛り上がり、爬虫類質の、一枚の翼が生えた。
「イヒヒヒ、目には目を歯には歯をってやつだよ」
夜行がクロナたちを追って、飛び立とうとした時、彼を男の声が呼び止めた。
「夜行、待て」
「あ?」
ぴたっと動くのをやめて、振り返る夜行。
路地裏から黒色の袴に、白い着物を着た、長身の男が出てきた。腰には刀を携え、つややかな黒髪を後ろで結っている。
悪魔の堕慧児の一人の、【鬼丸】だった。
「なんだよ、鬼丸」
「夜行、一度戻れ」
「あ?」
夜行はあからさまに不安の意を示した。
「オレはこれから、あいつらを殺しに行くんだよ!! 邪魔すんなら、お前も殺すぞ!!」
「やめておけ、殺せるわけが無い」
「おう、じゃあ、やってやろうじゃねぇか」
獣のように唸り、臨戦体勢を整える夜行に、鬼丸は冷たい目を向けた。
「馬鹿が」
腰の刀に触れ、目にも止まらぬ速さで抜刀する。
その瞬間、空気が鳴いた。
「っ!?」
夜行の両足首に赤い線が走る。
「おわっ!!」
夜行の足が斬り飛ばされる。
そのまま、バランスを崩して、地面に腰を打ち付けた。
「てめ!! 何しやがる!!」
「お前はもう少し血の気を抑えることを覚えろ」
鬼丸はそう言って、もう一閃する。
すると、今度は夜行の両肩から下の腕がボトリと落ちた。
四肢を失って、だるまのようになった夜行の身体を、鬼丸は軽々と抱えた。
「一度戻るぞ。それそろ、【計画】が遂行できる」
「あ? 計画って、なんだよ」
「お前.......」
鬼丸はため息をついた。
「私の話を聞いていなかったのか?」
「聞いてない」
「晴れのように言うな.......」
鬼丸はもう一度、夜行に今回の作戦について説明した。
「我々がさらってきた城之内カレン。と言う女に、【悪魔】が宿っていることに気がついた」
「悪魔? 悪魔って、市原架陰に宿っているやつじゃねぇのか?」
「別個体だ。市原架陰の魂に寄生している悪魔は、名の知れた上級悪魔。目次録の獣とされる個体だ。お前も、十年前に奴と交戦してするのだから、分かるだろう?」
「うーん、なんか、死にすぎて記憶が曖昧になってるわ」
「城之内カレンに宿っている悪魔は、中級悪魔。市原架陰のものと比べたら、明らかな格下だ」
「なんだよ。その中級悪魔をどうするって言うんだよ」
「それを前に説明したつもりなんだがな.......」
「いいから教えろ」
「城之内カレンに宿っている悪魔を奪う。そして、我らが【王】に食らわせる.......」
「ああ、あの包帯男ね.......」
「悪魔は基本的に、食らった分だけその力を自身の力にすることが出来る。もし、中級悪魔を王に取り込ませることができれば.......、王の力は更に強くなる」
「強くなってどうするんだ?」
「あのな、本当に話を聞いていないんだな」
「もちろん!!」
「お前も知っているだろ? 十年前、市原架陰の悪魔が誰に寄生していたのか.......」
「ああ、FBI捜査官のジョセフだろ? 確か、現在市原架陰の魂に宿っているのは、その悪魔の魂と、死亡したジョセフの魂だな」
「以前、我々が市原架陰を誘拐して、彼に宿った悪魔を吸収しようとした時、ジョセフの魂が邪魔をして、奪えなかったんだ.......」
「ああ、あの時ね」
夜行はあの時の戦いを思い出しながら頷いた。
夜行は、市原架陰から悪魔の魂を引き出す責務を課され、彼と戦ったのだが、【魔影・参式】に覚醒した市原架陰に返り討ちにされたのだ。
「それで、どう関係があるんだ?」
「簡単な話だ。中級悪魔を取り込めば、我々の【王】は更に強くなる。きっと、ジョセフの邪魔を跳ね返して、市原架陰から悪魔を奪うことができるはず。ということだ.......」
その②に続く
補足
悪魔の堕慧児の目的は、【市原架陰に宿る悪魔の強奪】です。彼らが【王】と崇める男が欲しがっているようですね。ですが、前回の【市原架陰奪還編】では、ジョセフの魂に阻止されています。




