肉片となるまで その③
鴎に憧れる
二十六番目の航路
3
「こいつ、無敵かよ!!」
鉄平は、肩に張り付いた夜行の肉片を鷲掴みにすると、思い切り地面に叩きつけた。
グチャッ!!
と潰れる夜行の肉片。
しかし、直ぐに再生を始めた。
どれだけ砕いても、どれだけ焼いても、夜行の身体は瞬く間に復活する。
逃走することはおろか、倒すことも不可能。
「どうすりゃいいんだよ!!」
やけになった鉄平は、肩から血を垂れ流しながら、鉄棍を夜行の肉片に叩き込んだ。
何度も、何度も、何度も殴った。
グチャ、グチャリ、グチャグチャと、潰れる肉片。
だが、鉄平の攻撃を嘲笑うかのように、夜行は再生した。
頭が地面から生える。
「おら、もっとやれよ。無駄だって教えてやらぁ」
「このっ!!」
鉄棍を振り上げる。
「やめておきなさい。鉄平くん!!」
頭に血が上っている鉄平を、クロナがなだめた。
「こいつが無敵なのはよくわかったわ」
「じゃあ、どうやって倒すんだよ!!」
「倒さない。逃げるわ」
「だから、逃げられねぇって、言ってんだろ!!」
「ううん。逃げる」
クロナは力強くそう言うと、夜行の頭に刀を突き刺した。
だが、夜行には蚊が止まった程の痛みでしかない。
「おい、無駄だって言ってんだろ? 大人しく殺されろよ」
「無駄じゃないわ」
刀を切り上げて、夜行の頭を両断するクロナ。
どれだけ再生能力が高くとも、頭を真っ二つに裂いてしまえば、一瞬は気を失わせることができる。
その一瞬だ。
この一瞬に、全力を叩き込む。
「真子ちゃん!!」
「はいッス!!」
真子が、クロナの言葉を合図に、夜行の脳天に向かって矢を撃ち込んだ。
燃え上がる夜行の肉片。
「今だ!!」
その瞬間、クロナは自分の能力を発動した。
「能力.......【黒翼】発動!!」
クロナの肩甲骨辺りから、身の丈程もある、漆黒の翼が生えて、バサバサと羽ばたいた。
クロナは踵を返す。
クロナの一瞬のうちの変貌に、鉄平も八坂も、そして真子も驚きを隠せなかった。
「クロナ姐さん!!その姿は!!」
「早く!!」
説明するよりも先に、クロナは真子を背中に背負った。
八坂には右腕。
鉄平には左腕を掴ませると、翼を羽ばたいて、一気に上空へと離陸した。
クロナの能力は、【黒翼】。
その名の通り、背中から翼が生えて、空を自由自在に飛び回ることができるのだ。
「って、言っても!! さすがに三人はきつい!!」
飛び立ったはいいものの、三人分の重量を背負っているクロナはノロノロと飛行した。
「クロナ姐さん!! もっと早くできないッスか!?」
「重いのよ!!」
クロナは首だけで、夜行の方を振り返った。
夜行の身体は上半身まで再生していた。このまま、下半身が生えて追ってくるのも時間の問題。
「できるだけ遠くに逃げるわよ!!」
夜行のいる大通りから離れて、ビルを超えた先の路地裏へと回り込んだ。
「この辺りなら、遮蔽物が多いから.......、気づかれにくいはずだけど.......」
もう少し先に進みたかったが、三人分の体重を支えながら飛行するのは、思いのほか重労働だった。
一キロも進まないうちに、クロナの身体から冷や汗がどっと吹き出して、空中でバランスを取れなくなった。
「クロナ姐さん、無理すんな!!」
鉄平が言った。
「多分、あの化け物は撒けたはずだぜ!!」
「うん。わかったわ」
クロナはゆっくりと高度を落としていき、生臭い香りの充満する路地に着陸した。
夜行が追ってくる気配はない。
完全に撒けたのだとわかってから、三人は安堵の息を吐いた。
「助かった.......」
「何とか撒けたわね.......」
能力を解除するクロナ。
背中から、翼が消えた瞬間、疲労がどっと押し寄せて来て、その場でふらついた。
すかさず、真子がクロナの身体を支える。
「大丈夫ッスか!?」
「少し体力を使いすぎたわ」
クロナは、無能力者だった頃から、アクアや架陰の能力に憧れを抱かないことはなかった。なんだかんだで、「能力があれば、戦いに有利かも」と思っていたのだ。
いざ自分が能力者になってみれば、それは疲労との戦いだった。
さっきのように、数分使っただけで身体中が悲鳴をあげる。
(気分が悪い.......)
クロナは頬を伝う汗を拭った。
「とりあえず、夜行と遭遇しないように、調査は続けるわよ。それに、山田くんとも合流しないといけないんでしょ?」
「おう」
「わかったッス!!」
クロナは着物の懐に手を入れると、【回復薬・桜餅】を取り出して、一口齧った。
これだけでも、十分体力は回復する。
「行くわよ」
クロナは歩き出した。
(必ず.......、カレンさんを取り返す!!)
第121話に続く
補足
クロナの能力は【黒翼】です。これは、ハンターフェスの激戦の中で覚醒しました。自在に空を飛び回ることができますが、その分、体力の消費が激しいので、長時間の飛行には向いていません。




