夜行再び その②
秋晴れの
梅雨に見し聞く
鱗雲
晴天泳ぎて
何にかわせむ
2
ビシッと、地面に亀裂が入った。
「っ!?」
足元から突き上げて来るような感覚に寒気を覚えたクロナは、咄嗟にその場から飛び退く。
次の瞬間、地面が割れ、土やアスファルト、蜻蛉の肉塊を巻き上げながら何者かが飛び出した。
「っ!?」
男。
身体中ツギハギだらけで、褐色の肌。ボサボサ髪の毛は目を隠すように長く伸び、纏っていた麻布が土に汚れていた。
「ひゃはっ!!」
ギョロッと、混濁した瞳がクロナ達を見る。
「こいつは!!」
クロナの背筋に冷たいものが走った。
身構えるよりも先に、飛び出してきた男の腕が伸び、クロナを突き飛ばした。
「きゃあっ!!」
「クロナ姐さん!!」
鉄平、真子、八坂が、クロナの飛ばされた方を振り向く。
クロナはビルの壁に叩きつけられたものの、上手く受身をとって衝撃を緩和していた。
「大丈夫か!! 姐さん!!」
「うん、大丈夫.......」
ヨタヨタと立ち上がるクロナ。
額を切ったようで、頬から血が上っているつうっと垂れた。
クロナを突き飛ばしたツギハギ男は、肩を痙攣するかのように震わせ、「イヒヒヒヒヒヒヒヒ」と笑った。
その、血を滑るような声は、一同を恐怖させる。
真子が恐る恐る口を開いた。
「あの、こいつって、架陰くんの報告にあった.......」
「そのようだな.......」
鉄平もしっとりとした汗をかきながら頷く。
「【夜行】だ.......」
夜行。
それは、前回の【市原架陰奪還作戦】の時に、悪魔の堕慧児側についていた人間のことだ。
と言っても、もう既に死んでおり、身体が動くのは、彼の特性【不死(高再生能力)】によるもの。
身体中をツギハギされ、人体実験に使われ、人間の心すら失った化け物だった。
「架陰は『肉片になるくらいの一撃を叩き込んだ』って言ってたけど.......、倒せていなかったみたいね.......」
夜行は相変わらず「イヒヒヒヒヒ」と笑いながら、辺りを見渡した。
そして、不服そうに言った。
「おいおい、市原架陰はどこにいるんだよ」
「.......」
言語能力がある。やはり、市原架陰の報告にあった【夜行】と見て間違いない。
「答えろよ。今のUMAハンターは、会話もろくにできねぇのか?」
夜行は元は【UMAハンター】だ。
それが、十年前に謀反を起こし、当時現役だったアクアや、味斗らによって討伐された。
その死体にはまだ【不死】の能力が残っていたために、SANAの研究機関に保管され、【回復薬】の開発に利用されていたが、つい最近、施設から略奪。
そして、悪魔の堕慧児らの手に渡った。
(厄介なやつに絡まれたわね.......)
夜行の戦闘能力の高さは、架陰からの報告でクロナも理解していた。
UMAハンターであったときの名残か、身体能力は軍を抜き、特性【不死】による高い再生能力。さらには、本来の能力【呪】まで装備している。
まさに、化け物と言っていい存在だ。
架陰も、一度やつに心臓を握りつぶされ、腸を掻き出されていた。
「ここは、引くのが安定ね」
クロナは刀を抜くと、柄を強く握りしめた。
トグンッ!!
と、刃が脈を打つ。
「明鳥黒破斬!!!」
刀を振り下ろすと、刃から無数の羽がが射出された。
夜行はその攻撃を避けることが出来ない。
大量の羽が夜行を穿つ。
パンッ!!!
と、夜行は大量の肉片となって消し飛んだ。
「やった!!」
真子が嬉しそうに跳ねた。
「さすがクロナ姐さんッス!!」
そんな声も聞かぬうちに、クロナ、鉄平、八坂は踵を返して、脱兎のごとく走り出した。
「えっ!?」
真子は慌てて三人の後を追う。
「どうしたッスか? 敵ならもう!!」
「あれだけで死ねるなら可愛いほうよ!!」
クロナは身体中に冷や汗をかきながら、後ろを振り返る。
やはり。
と言うべきか。
肉片となって消し飛んだ夜行だったが、直ぐにそれらが集まり、再生を開始していた。
(化け物でしょ.......!!)
ものの数秒で、夜行の身体は元に戻っていた。唯一戻せなかったのは、衣服だけ。
素っ裸になった夜行は、地面を蹴って一気に走り始める。
「追ってきた!!」
「どうするんだよ!!」
「あいつは化け物よ!? 倒せるかもしれないけど、こっち側の戦闘員も、二、三人は死ぬ覚悟ないとダメだわ!!」
「だったら! 足止めするッス!!」
しんがりを努めていた真子がそういうと、振り返ると同時に、弓矢を構えた。
「【爆炎火矢】!!」
炎を纏った矢を射出する真子。
炎の鏃は空気を裂きながら夜行に迫り、彼の腹を貫通した。
「やった!! 命中!!」
だが、夜行は止まらない。
腹に穴を開けたまま、迫ってくる。
「止まらないッス!!」
「真子!!」
八坂もまた振り返ると、赤スーツの内側に仕込んでいた何かを空中に放り投げた。
夜行目掛けて、空中を漂うそれ。
八坂は腰のホルダーからリボルバー式拳銃を抜くと、それを撃ち抜いた。
八坂が撃ち抜いたもの。
それは、アルコール度数の高い酒だった。
琥珀色の液体が夜行の裸体に降りかかる。
真子はもう一度矢を引き絞り、射出した。
「燃えろ!!!」
その③に続く
補足
前回の【市原架陰奪還作戦】にて、夜行と交戦したのは市原架陰のみです。よって、クロナ達には夜行の特性や戦法しか伝わっていません。
夜行は強いものの、他の悪魔の堕慧児やUMAハンターよりも少し上くらいです。ですが、化け物。と言わしめる程の実力は、能力【呪】と、特性【不死】によるものでしょう。




