【第119話】 夜行再び その①
肉片と化すまで
金剛鉄鎖の槍を貫き
朽ち果てるまで
田園の園に豆を撒く
1
満身創痍となった笹倉を回収した蜻蛉は、鉄平に手を振ると、ビルの陰へと消えて行った。
「コノヤロウ!! 待ちやがれ!!」
鉄平がすぐさま追いかけるが、目の前に肉の壁がせり上がってきて、行く手を阻まれる。
「くそ!!」
頭に血が上っている鉄平は、その肉壁を鉄棍で何度か切りつけたが、表面に擦り傷がつく程度だった。
「くそ!! 逃げられた!!」
「落ち着きなさいよ」
地団駄を踏む鉄平を、クロナが宥めた。
「逃げられたけど、悪魔の堕慧児の一人には致命傷を与えたわ」
「くそ!!」
「それに、鉄平くんだって、怪我してるわ!!」
「っ.......」
風船が萎むように怒りを抑えていく鉄平。
やがて、がくりと膝を折って、その場に崩れ落ちた。
無理をしていたようだが、彼もまた、蜻蛉と笹倉の連続攻撃を浴びて大ダメージを受けている身だった。
「回復薬は持ってる?」
「ああ.......」
鉄平は赤スーツの内ポケットから、【回復薬・椿油】が入った小瓶を取り出した。
琥珀色のとろっとしたそれを手の中に出して、傷口に塗る。
軟膏系の回復薬は、内臓の傷や疲労に対して即効性は無いものの、外傷には抜群の効果を発揮した。
「うし、治った!!」
完治。とまでは行かないが、身動きが取れる程度に回復する鉄平。
「おーい!! 鉄平さーん!!」「鉄平さん!! 大丈夫ですか!?」
背後から声がしたので、振り返ると、椿班・三席【八坂銀二】と、椿班・四席【矢島真子】が手を振りながらこちらに走って来ていた。
「八坂!! 真子!!」
「鉄平さん!! 大丈夫ですか!?」
「ああ!! オレは大丈夫。それより、お前らは?」
「私は大丈夫ッス!! クロナ姐さんが助けてくれましたから!!」
「そうか・・・」
ほっと胸を撫で下ろす鉄平。
だが、直ぐにがばりと顔を上げて、辺りを見渡した。
「あれ? 山田は?」
椿班・副班長の【山田豪鬼】と合流出来ていなかったのだ。
八坂が代わりに説明した。
「山田さんなら大丈夫です。ボクたちと一緒に救出されましたから」
「じゃあ、なんでここにいねぇんだよ」
「実は、一人、UMAを倒しに向かったんです」
「UMAだぁ?」
「はい.......」
八坂は声を押し殺して、先程あったことを鉄平に伝えた。
「蜻蛉。という女の能力で、僕達は肉壁に挟まれて、分断されましたよね。あの後、クロナ姐さんが上空から飛んできて助けてくれたんですけど・・・、肉壁から出た山田さん、直ぐに走り出しちゃったんです」
「なんで?」
「UMAがいたからです」
「あいつ、何やってんだ?」
「いや、かなり切羽詰まった様子でした」
「どんなUMAだったんだよ」
「よく分からない。というか.......、原型を留めていないっていうか.......」
「原型を、留めていない?」
鉄平の背筋がザワリとした。
「簡単に言えば、肉片です。蜻蛉の能力とは少し違う印象を受けました.......」
「その謎のUMAを、山田は追ったのか?」
「はい。足も遅く、殺傷能力は低そうだったので、ボク達も山田さんに任せてしまいました。すみません」
「いや、いい.......」
山田の強さは鉄平が一番よくわかっていた。直ぐにやられることはないだろう。
だが、ここは悪魔の堕慧児が蔓延る戦場。
少し心配だった。
「とりあえず、連絡をとってみるか.......」
鉄平は赤スーツの内ポケットに手を入れると、トランシーバーを抜き出した。
ダイヤルを山田のものに合わせて、発信する。
だが、トランシーバーのマイクからはノイズが走るだけで、山田の応答はない。
「おい、おい.......」
段々と心配が増す。
「山田.......、大丈夫だろうな? やられてないだろうな?」
「山田くんとは後々合流するとして.......」
クロナが唐突に口を開いた。
「私は、カレンさんを探しに行くわ」
「カレン?」
眉間に皺を寄せてる鉄平。
「カレンって、副班長の?」
「ええ。そうよ」
鉄平が首を傾げるのも無理はない。
今回の任務、椿班や薔薇班は、【突如肉塊に覆われた街の調査】及び【悪魔の堕慧児の殲滅】に重きを置いているが、桜班は【城之内カレンの救出】が真っ先だった。
「響也さんも先に行っちゃったし.......、私も急いで合流しなきゃ.......」
クロナがそう言って、走り出そうとした時。
「残念だな」
突如、どこからともなく、ガラガラと枯れた男の声が聞こえた。
「っ!?」
身体がビクリと跳ねる。
背筋がゾクゾクとした。
「誰っ!?」
辺りを見渡す。
鉄平も、八坂も、真子も武器を構えて臨戦態勢を整えた。
次の瞬間、クロナの足元が揺れた。
ビシッ!!
と、蜘蛛の巣状に亀裂が入る。
そして、肉塊とアスファルトを砕きながら、何かが飛び出した。
その②に続く
補足
桜班の目的は、悪魔の堕慧児に攫われた【城之内カレン】の救出です。
逆に、椿班や薔薇班に課せられた任務は、【悪魔の堕慧児の討伐及び悪魔の堕慧児が占拠した街の調査】となっています。




