死神躍動 その③
3
「クロナ!! ここは任せた!!」
響也はそう言うと、悪魔の堕慧児の一人である蜻蛉と交戦中の雨宮クロナを置いて走り去ってしまった。
「え?」
蜻蛉の斬撃を受け止めながら、響也が去っていった方向を呆然と眺めるクロナ。
「え?」
蜻蛉と、響也を交互に見渡す。
「えええっ!?」
「なんですか? 気持ち悪いですね」
蜻蛉は不機嫌そうに顔を顰めると、手数を増やして攻撃してくる。
蜻蛉の相手など今はどうでもいい。
問題は響也だ。
「ちょっと!! 響也さん!? ええ!? 待ってくださいよ!! 私にこいつの相手をしろって言うんですか!?」
てっきり、笹倉を戦闘不能にした響也が、蜻蛉の相手をしているクロナを援護してくれるものだと思っていた。
振り返って叫ぶが、大通りに響也の姿はもう無かった。
「ええ、まじで行っちゃったよ。あの人・・・」
「余所見をしないでください!!」
まるで相手にされていないと感じた蜻蛉は、手首から生やした【肉鎌】をクロナに向かって振った。
クロナは殺気に気づき、上体を逸らしてそれを躱す。
「っ!!」
「ああん、もう!! 鬱陶しいのよ!!」
クロナは蜻蛉の腕に左手を添えて、そっといなすと、彼女の懐に潜り込み、腹に一撃を加えた。
「がはっ!!」
胃を殴られた蜻蛉は、喉の奥から胃酸を吐き出してえづいた。
「くっ!!」
このまま接近しているのはまずい。
そう判断した蜻蛉は、地面を蹴って後退。
クロナはこの戦いを早く終わらせるため、更に斬りこんでいった。
「逃がさない!!」
「能力・・・【陽炎】!!!」
能力を発動する蜻蛉。
彼女の声を合図に、クロナの足元の地面が歪み、ボコボコと肉塊がせり上がってきた。
「っ!?」
足元を掬われる。
バランスを崩したクロナは、肉が覆った地面に激突。
「っ!!」
「隙を見せましたね!!」
蜻蛉は指を鳴らして、自身の肉から生成した【肉の塊】を操って、クロナを襲わせた。
クロナは地面に手をついて体勢を整えると、迫り来る肉の塊を前に、バク転をしながらその攻撃を躱す。
「何この能力!!」
「面白いでしょ? 半径一キロ圏内の空間は全て、私の身体の一部なんですよ・・・」
更に指を鳴らす蜻蛉。
その瞬間、クロナを囲んだ左右のビルの壁から、肉がせり上がり、まるで巨大なミミズのような動きをしながらクロナに迫った。
圧殺する気だ。
「だったら!!」
回避することをやめて、二本の足で立つクロナ。
握りしめていた刀、【名刀・黒鴉】を構える。
クロナの握力に反応して、黒鴉が大きく脈を打った。
ザワザワと表面が震え、黒い刃から、漆黒の羽が生える。
「行くよ!! 【黒鴉】!」
クロナは、翼が生えたそれを、迫り来る肉塊に向かって振り切った。
「【明鳥黒破斬】!!」
一閃した時の勢いで、刃に生えていた無数の羽が一気に射出する。
そして、右側から襲ってきていた肉塊を吹き飛ばした。
「よし!!」
右側の歩道にスペースが出来た。
回避スペースを確保したクロナは、身を反転させて、そこに飛び込む。
「無駄ですよ!!」
それを読んでいた蜻蛉は、クロナが飛び込んだ場所から肉塊を出現させた。
「っ!!」
蜻蛉は肉塊を細く、かつ強靭に形成すると、槍のような勢いでクロナの腹に一撃を加えた。
先程のお返し。と言わんばかりに、クロナが吹き飛ばされる。
「うっ!!」
思い切り、地面に背中を打ち付けた。
ハッとして目を開けると、頭上から肉塊が押し寄せて来る。
「やばい!!」
「クロナ姐さん!!」
クロナが肉塊に押し潰される直前、鉄平が駆けてきて、ギリギリのところでクロナを抱いて救出した。
二人は地面の上を激しく転がる。
「大丈夫か!!」
「鉄平くん!! 怪我は大丈夫なの!?」
「んなもんかすり傷だっつーの!!」
蜻蛉は舌打ちをした。
先程身動きを封じたはずの鉄平だったが、自分がクロナに手間取っている間に回復されたようだ。
二対一。
あまりいい状況とは言えなかった。
(二人とも、近接型の瞬間的な火力を重視するタイプか・・・)
蜻蛉とて馬鹿ではない。
「ここは、撤退かな・・・」
指を鳴らす。
すると、蜻蛉の足元から肉塊がせり上がり、彼女を上空に押し上げた。
「っ!!」
すかさず鉄平が襲いかかるが、既に遅かった。
鉄平やクロナの脚力では届かない場所にまで上昇する。
クロナの能力【黒翼】で追えないことはなかったが、先程使ったばかりなので、体力に余裕が無いのが正直なところ。
「おい!! このあま!! どこ行く気だ!! 降りてこい!!」
「さよなら。この作戦において、私が削れることはあまりいいことではないんですよ.......」
足元の肉塊を上手く操ると、蜻蛉はビルの壁にめり込み、死にかけている笹倉に近づいた。
「ほら、帰りますよ」
「あ?」
「桜班に想定していた以上にかき乱されました.......、ここは一時撤退です」
「わかったよ.......」
笹倉は渋々、蜻蛉に手を伸ばした。
蜻蛉はそれを掴むと、一気に引っ張って受け止める。
「血まみれ.......、汚いですよ」
「悪かったな.......」
下を見れば、鉄平が悔しそうに叫んでいる。
蜻蛉はニコッと笑うと、彼に手を振っておいた。
「お楽しみは、まだこれからですから.......」
第119話に続く




