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UMAハンターKAIN  作者: バーニー
4/530

第4話『ローペンの風』

1


前回のアクアとの戦いに勝利したことで、架陰は、正式にUMAハンターとなった。次の日にはもう任命証が作成され、「頑張ってね」の一言ともに、架陰に手渡された。


それともうひとつ。アクアは、架陰に黒いバットケースを渡した。


「これは?」


架陰は、訝しげにバットケースのファスナーを開けた。


何も入っていない。


「刀ケース」


「え?」


「言ったでしょ。UMAハンターは、命を奪う武器を所持するの。刀、銃を目に見えるようにして持ち歩いてたら、即刻警察に連れていかれるわよ」


「そうですか」


架陰はそれもそうだと頷くと、素直に自分の刀を、バットケースの中に入れた。ちょうどいい長さだ。


架陰が刀をしまったのを確認したアクアは、「じゃあ、上に行くわよ」と総司令官室の天井を指さした。


「上って、修練場ですか?」


「もちろん。これから、UMAと戦うための訓練を始めるわ」


架陰は何も言わずに頷いた。考えてみれば、体術の練習もせずにUMAと戦おうなんて、そんな甘い話があるわけがない。


階段を使って、修練場に上がると、クロナが待ち構えていた。


「このジャージに着替えなさい」


「あ、はい」


架陰は学ランから赤いジャージに着替えた。


「他の色はなかったんですか?」


ジャージのファスナーを上げながら、ピンク寄りの赤いジャージの違和感を述べる。


「女用しかないのよ」


ああそうか。


クロナも同様、赤いジャージに着替え、2本の木刀を用意した。片方を、架陰に投げて寄越す。


「じゃあ、ひとまず、刀の使い方から練習しようか」


「はい」


アクアは、修練場の端にパイプ椅子を用意して、相変わらずの糸目で二人の様子を眺めていた。


「まずは、素振り。振ってみて」


「は、はい。こうですか?」


架陰は、クロナに見られているという緊張感と共に、木刀を振り下ろして見せた。


「違う」


早速、クロナの木刀が架陰の腹にめり込んだ。


「ぐへぇっ!」


「脇を開けない。もっとキレよく振りなさいよ」


「こうですかっ!」


「違う。もっと力強く」


「よく分からないんですが・・・」


始まって30秒で気づく、クロナの指導の分かりづらさ(わざとやっているのか?)に、架陰はボソリと不満を漏らした。


直ぐに、クロナの木刀が架陰の頭を打つ。


「もぉー、口答えしないでくれる? 私の方が先輩なんだから、言われた通りにやりなさいよ。ガーッてやるのよ。ガーッてっ」


「なんですか?『ガーッ』って」


「うるさい!!」


「ぐへぇ!」


そんな二人のやり取りに、アクアは微笑んだ。


「架陰ー。クロナは今まで後輩と言うものがいなかったから、扱いに困っているだけよー。仲良くねー」


「アクアさんっ!」クロナが直ぐに振り返る。「変なこと言わないでくださいよぉ。私はただ、厳しく指導してるだけです」


アクアの話を聞いて、架陰は、「へー」と意外に思った。架陰が桜班に入るまでは、クロナが一番下の後輩だったというわけだ。


「じゃあ、クロナさんと僕の先輩はどこにあるんですか?」


何気に尋ねる。


UMAハンターとなってから3日が経つが、この高校の地下に造られた修練場、総司令官室、その他の場所で、クロナやアクア以外の『UMAハンター』を見た事がなかった。


『班』・・・1つの集団を、複数のグループに分けたもの。


まさか、1人2人単位のことを言っているわけではあるまい。


「・・・」


クロナの細い眉がぴくりと動いた。猫のような鋭い目が、更に冷たく光る。


「・・・、し、・・・わよ」


「えっ?」


「知らないわよっ!!!!」


突然木刀の鋒が飛んできて、架陰の額を直撃した。


架陰は顔を大きく仰け反らせて、硬い床の上に大の字になって倒れた。額がカッと熱くなる。


「これ、割れてないですよね?」


恐る恐る手をやる。


赤い液体が指先についていた。


「あんたが悪いのよ。私に余計なことを答えさせるから」


「そんな悪いことしました?」


「した!!」


アクアの方を見ると、アクアは、「やれやれ」と言うように頭を横に振っていた。


とりあえず、クロナの機嫌が悪くなるので、これ以上質問や口答えをしない方が良いようだ。


「さっさと立ちなさいよ。続きやるわよ」


「わ、分かりました」


架陰は頷くと、床に手を着いて立ち上がった。転がった木刀を拾い直し、再びクロナに向き合おうとする。


その時だ。


「待ちなさい!」


突然、アクアが叫ぶ。


クロナも架陰もビクリと体を強ばらせ、アクアの方を見た。


怖くなる。まさか、険悪な雰囲気を出しているから、見かねられたのだろうか。


架陰の心配は他所に、アクアは白銀の髪をふわりと揺らして、ニコリと笑った。


「喜びなさい。仕事よ」


「仕事?」


「どこに出現したんですか?」


理解の早いクロナが、木刀を架陰に投げつけて、アクアの方へと歩み寄る。


アクアは、パイプ椅子から立ち上がり、手に持ったスマホの地図ををクロナに見せた。


「ここよ」


クロナは身を乗り出すようにして、スマホ画面を覗き込んだ。ウェーブのかかった黒髪が垂れる。


頷いた。


「わかりました」


振り向く。そして、ポケットから取り出した絆創膏を、ビンタするように架陰の額に貼り付ける。


「あ、痛い・・・」


「よし、架陰。行くわよ」


「えっ?」


まだ状況を飲み込めていない架陰は、その場で硬直した。それを、クロナが蹴っ飛ばす。


「UMAが出現したの!!」


2


UMAが出現したという情報があったのは、高校から3キロ離れた所だった。特定の建物や、山だったり、池といった場所ではなく、「国道」のど真ん中である。


アクアの運転するワゴン車に乗って現場に向かった。


「ここか」


路肩に停めたワゴン車からクロナは、辺りを見回す。


「あの、これって、なんですか?」


架陰はモジモジして、ワゴン車から降りようとしない。


「この着物を着る意味が分からないんですけど」


架陰は、行く前にクロナに無理やり学ランをひっぺがされ、着物を着せられていた。薄紅で、桜の紋様をあしらった上品なものだ。どんな素材を使っているのか分からないが、とにかく軽く、肌触りもいい。だが、若干のコスプレ感は否めない。


「戦闘着よ」


同様に着物を身にまとったクロナは、架陰をワゴン車から引きずり下ろした。


「UMAハンターとして活動する場合、それの着用が義務付けられるわ。一応、特殊素材を使ってるから、簡単には破れないし、ある程度のUMAの攻撃なら防げる」


「そ、そうですか・・・」


2人が降りたのを確認したアクアは、「じゃあ、また迎えに来るわね」と言って走り去ってしまった。どうやら、総司令官は、直接任務には加わらないらしい。


だから、鬼蜘蛛の時もクロナ一人だったのか。と架陰は独り合点した。


「さて、UMAが出現したって通報したのは、あの人みたいね」


クロナは着物の袖を揺らして、道路を指さした。


「ん? 車の事故?」


見ると、黒い霊柩車がガードレールに突っ込んでいた。前方が潰れて、事故の衝撃を物語っている。


その隣に、ビクビクと周りの目を気にする形で、初老の男性が立っていた。


男性は、突然現れた着物の2人組を見るや否や、「ああ、こっちです」と手を振った。


「こんにちは。未確認生物研究機関SANAより派遣された、桜班3席雨宮クロナです」


クロナは男性に自己紹介をしながら走りよった。


「あ、僕は下っ端の市原架陰です」


架陰もクロナの真似をする。4席はともかく、『下っ端』と自らが言うのにはかなり抵抗があった。


「どうもこんにちは」


初老の男性は、気にする様子もなく、薄くなった頭でこうべを垂れた。


クロナは、慣れた口調で話を進める。


「早速ですが、どんなUMAに襲われたのですか?」


「ああ、それが・・・」


初老の男性が疲弊しきったような声で話し始める。恐らく、この霊柩車の運転手だろう。


架陰は、男性とクロナの会話を上の空で聴きながら、事故を起こした霊柩車を見た。


前方が潰れているのは、ガードレールにぶつかったから当然の事なのだが、この、無理にこじ開けられたような天井は、なんだろう。


フラフラと霊柩車に近づく。


それに気づいたクロナは、直ぐに引き戻そうかと考えたが、男性の前なので、乱暴な行動は控えることにした。


開かれた天井部に興味を持つ架陰を見て、男性が言った。


「そこから、UMAが侵入してきたんですよ」


「ここから?」


架陰は霊柩車の中を覗き込んだ。花や、思い出の写真が詰まった棺桶が見える。だが、肝心の遺体が無い。


架陰の言いたいことを察した男性が頷いた。


「はい、UMAに奪われました。いや、喰われたと言った方がいいですね」


「喰われた!?」


架陰の背筋がスっと寒くなる。


クロナは、相変わらず涼しい顔だ。白い手を顎にやって、こくりと頷く。


「なるほど、死体を喰らうUMAですか」


一呼吸置いて、続ける。


「単刀直入に聞きます。そのUMAの外見の特徴は?」


男性はこめかみに手をやった。眉に皺が浮かぶ。あの時味わった恐怖が蘇っているようだ。


「鳥です。巨大な鳥でした。コウモリのような、毛の生えてない姿です」


「なるほど」


その時、明らかにクロナの表情が変わった。何かに気がついたのだと、架陰でも分かった。


それからクロナは、男性に、UMAの色や、どれくらいの大きさだったか、鳴き声はあったか。等の質問をした。


「質問はこれまでです」


一通り調査が終わる。


「ご安心ください。あとは我々が解決しますので。貴方は、病院と警察へ。ここから先は、公的機関の仕事ですからね」


男性は首を傾げる。


「君たちは、公的機関ではないのかな?」


「一応、政府に認可された組織なので、公的機関とも言えますが、UMAという存在で、国民の不安を煽る訳にも行かないので、調査は基本隠密ですよ」


「そうですか」


男性はふっと身体の力を抜いた。そして、ゆっくりと架陰とクロナに頭を下げる。


「どうぞ、仏様をお助け下さい。私では、守ることが出来ませんでしたから」


「わかっています」


クロナも深々と頭を下げ、着物の袖を翻して、男性に背中を向けた。


「じゃあ、架陰。帰るわよ」


スタスタと歩き出す。


「待ってくださいよぉ」


架陰も慌てて追いかけた。


3


「で、どうだったの?」


ワゴン車で迎えに来たアクアが、扉が開くなり言ったセリフだ。


「どんなUMAか特定出来た?」


「出来ましたよ」


クロナはサッとワゴン車の後部座席に乗り込む。架陰もその隣に座った。


「クロナさん、分かったんですか?」


「分かったに決まっているでしょう」


クロナは架陰の頭を軽く小突いた。いちいち暴力がすぎる人だ。少しムッとするが、先輩なので噤む。


クロナは人差し指をピンと立てて、あの男性から聞いた情報でUMAの名を推測した。


「おそらく、ローペンよ」


「なるほどね」


アクアは運転しながら頷いた。


「ローペン?」架陰は首を傾げた。


「取るに足らない雑魚UMAよ。ランクはC。前の鬼蜘蛛より少し強いくらいかな」


クロナは人差し指を口元に当てて、天井を見る仕草をした。


「ただ、空を飛ぶから、なかなか捕まえられない」


「じゃあ、どうやってローペンと戦うんですか?」


架陰が聞く。


クロナは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ローペンの居場所の特定って、難しいのよ。だから、次の被害者が出た時に、どうにかして追跡するしかないわね」


「どうにかして」


「あんた、いちいち人の言葉の揚げ足を取ろうとしないでくれる? 空飛んで逃げるローペンより、鬼蜘蛛の方がよっぽど簡単だわ」


クロナの機嫌がまた悪くなる。架陰は「すみません」と言って頭を下げた。顔を上げると同時に、思考を巡らせる。


架陰はまだ、その『ローペン』というUMAを見たことがないので、どのような姿なのか、どのような飛び方をするのか推測がつかない。


だが、あの、霊柩車の鉄の屋根を破り、人間一人の遺体を盗むのだから、雀や烏程度の大きさではないのは確かだ。


(やっぱり、現行犯って言うか、出現場所にピンポイントで待ち構えるしかないのか?)


「ローペンって、死体を狙うんですよね?」


ふと思いつく。


「そうだけど?」


「じゃあ、また霊柩車を狙って来るんじゃないんですか?」


「え・・・」


「僕達で、霊柩車の護衛をするのはどうですか?」


4


翌日、クロナたちは早速、葬儀社の方へと連絡を入れた。話によると、今日も2件の葬式の予定が入っているらしい。つまり、2人分の遺体が霊柩車で焼き場へと運ばれるのだ。


二人は、葬儀場へと向かった。


「霊柩車の護衛をさせてくれ」という、見知らぬ着物二人のお願いに、浅田葬儀社の社長は、思いのほかあっさりと了承を出した。


「いや、助かりましたよー。昨日のこともありますし、再びその、UMAに襲われるのではないかとビクビクしていましてね」


浅田社長は、縁のないメガネをクイッと上げた。薄くなった頭皮が光る。身体は細く引き締まっていた。さすが社長と言ったところだろうか。


葬儀場の入口付近で出迎えられ、そのまま話しているので、二人の着物姿は、入ってくる遺族達にまじまじと見られた。喪服が多い分、白基調の桜班の着物は、かなり不謹慎だろう。


その時、一人の年老いた女性が杖をつきながら入ってきた。腰が曲がり、かなりフラフラとした足取りだ。首元のネックレスが垂れ下がっていた。


「あちらが、今回葬儀を執り行う男性の奥様でございます」


浅田社長はそう言うと、女性に「こんにちは」と品のある挨拶をした。


女性が軽く会釈で返し、葬儀場の奥へと消えるのを確認して、架陰は、「あの、もう片方の遺族は、まだ来ていないんですか?」と尋ねた。


浅田社長は頷く。


「時間をずらしているので、この葬儀が終わったら始めますよ」


「じゃ、どうする?」


クロナが口を開いた。


「必ずしもローペンが今日襲ってくるとも限らないわ。けど、可能性はあるって事よね。」


眉間に皺を寄せ、何やら深く考える。そして、架陰の方を振り返った。


「架陰。ここは二手に別れるわよ」


「二手に?」


架陰は首を捻った。


「ええ、今日は2人分の葬儀が行われ、2人分の遺体が焼き場へと運ばれるわ。もちろん、可能性の話だけど、私たち2人が片方に集中してしまって、もう片方の移動中にローペンが襲ってくる可能性もある。だから、戦力を分散させて、どちらの場合にも備えるわ」


「わ、分かりました」


全身から冷や汗が吹き出るのを感じた。まさか、初めての仕事で、1人で任務を遂行することになるとは思ってもいなかった。


架陰の心情を察したのか、クロナがため息を着く。


「いい? 私はアンタには期待していないわ。そんなに気負わなくてもいいの。アンタの役目は、遺体の護衛。別にローペンが襲ってきたって、その腰の刀で追い払えばいいの」


ハッキリと告げられる戦力外宣告。分かりきった事だが、架陰は身の縮まる思いがした。


二人の話を聞いていた浅田社長は、パンっと手を叩いて、二人の注目を集めた。


「では、そういうことでお願いします。必ず、仏様を守ってくださいよ」


仏様を守る。


命無き者に使うその言葉に、架陰は若干の違和感を覚えた。


もしも、ローペンが生者を攫って食らうのならともかく、言わば、『もう死んでいる』存在を狙うということに対して、架陰はそこまでの悪意を覚えることが出来なかった。


ただ、仕事だから動く。


「・・・・・・」


架陰は腰に差した刀の柄をぐっと握りしめた。


5


葬儀が執り行われる間、架陰とクロナは応接室で待つこととなった。


出された茶を、クロナが1口飲む。着物がなかなか似合っていた。


「じゃあ、架陰は、最初にここを出る霊柩車の護衛をして」


「分かりました」


「私は、その30分後に焼き場へと向かう霊柩車の護衛をするわ」


お茶の湯呑みをテーブルの上に置いたクロナは、着物の袖から、黒い機械を取り出した。


「トランシーバーよ。何かあったらこれで連絡して」


架陰に手渡す。


架陰は「はい」と頷き、小型トランシーバーを手の中で転がした。


「念を押すけど、絶対に、ローペンが現れても戦ったらダメよ。『追い払う』だけだからね」


クロナは力の籠った口調で、念に念を押した。


UMAハンター歴4日の架陰にとって、その心配が素直に嬉しかった。


しばらくして、応接室の重厚な扉が開き、浅田社長が顔を覗かせた。


「そろそろ、お願いします」


「分かりました」


架陰は立ち上がる。そして、浅田社長の元へと歩み寄った。背後から「しっかりね」とクロナの声が飛んできた。


「頑張ります!」


架陰は小さく会釈をした。










その霊柩車の運転手は、昨日の初老の男性だった。


「捻挫だけで済みまして、人手も足りないものですから。本当は休みたいんですけどね」


笑顔で言う男性だが、どこか顔が引きつっている気がしてならない。


恐らく、昨日の遺体損失の失態を、『働く』という形で取らされているのだろう。


「じゃあ、助手席失礼しますね」


架陰は一言言って、霊柩車に乗り込んだ。遅れて、男性も乗り込む。


「まさか、2日連続でUMAの襲撃はないと信じているのですが・・・」


そう言いながら、男性は霊柩車を発進した。もう、この車には死者が乗り込んでいるということだ。


サイドミラーから後ろを見ると、喪服の遺族が皆、目にハンカチを当てて俯いていた。


まるで、自分が送られているみたいで、変な気持ちになる架陰だった。


葬儀場を出て、国道に入った霊柩車は、6キロ先の焼き場へと向かった。


「実はですね」男性が口を開く。「昨日の一件で、遺族の方に責め立てられまして、本当は、運転手は辞めようと思ったんですよ。たとえUMAのせいだとしても、私は、仏様を守れなかったのですから。しかし、浅田葬儀社は、今、かなりの財政難でして、運転手一人の解雇も出来ないそうです。まあ、私が仏様をUMAに奪われたという評判が広まれば、どの道終わりなんですけど」


架陰は、男性の言葉を黙って聞いた。なんと言ったらいいのか、分からなかった。


「ああ、すみませんね。こんな話をしても、つまらないですよね」


男性ははにかんで頬をポリポリとかいた。そして、前方を見る。信号が赤に変わったので、ブレーキを踏んだ。


「となかく、今は、与えられた仕事を全うするだけですよ。私は、この仏様を必ず、焼き場へとお連れします」


「そう、ですね」


架陰は初めての頷いた。口の中が粘ついて、綺麗な発音が出来なかった。


今は、与えられた仕事を全うするだけ。


そうだ。できる出来ない。強い弱い。経験が深い浅いなんて、関係ない。仕事を与えられたなら、それなりの活躍をするというのが、仕事をする者の義務なのだ。


架陰は自分の脚に挟むようにして持つ刀を握りしめた。


そして、危機は、都合よくやってくる。




突然、霊柩車の車体が強く揺れた。


「!?」


体がザワりとした。


「架陰さん、しっかり捕まっていてください!」


1度目の襲撃で慣れている男性は、しっかりとハンドルを固定して、霊柩車の暴走を阻止しようとする。


もう一度衝撃が車体を揺らす。天井に、べこりと凹みが入る。


「!?」


何かが、霊柩車の上にいる。


「車を、停めて!!」


架陰は、咄嗟に叫んだ。言われずとも、初老の男性は、ブレーキを踏み、霊柩車を路肩に停車させた。


架陰が助手席の扉を押し、車外に転がりでる。


この奇妙な高揚感と恐怖。間違いない。あの時、鬼蜘蛛との戦いで感じたもの。


「お前が! ローペンかっ!!」


架陰はしゃがみ込んだ体勢のまま、霊柩車の上に立つ者を見上げた。


「ピイイイイイイイイイ!!」と劈くような鳴き声が辺りに木霊する。


そこには、案の定、異形の生物がいた。


鶴のような鋭い嘴に、体毛の生えていない身体。翼は、血管が浮き出て、まるで、コウモリのようだ。


(まるで、プテラノドンだな・・・)


架陰は率直な感想を思った。


怪鳥ローペンは、広げると3メートル程にもなる巨大な翼をバサバサも仰ぎながら、鋭い嘴を霊柩車の屋根に突き刺した。


「!!」


べきべきと力を込め、天井を剥がそうとする。


(こいつ、僕のことが見えていない? いや、興味が無いのか!)


あくまで、ローペンの目的は、死体だ。生きている人間には見向きもせず、ひたすらに、霊柩車から遺体を盗み出そうとする。


「させない!!」


架陰が直ぐに刀を抜いて、ローペンに斬り掛かる。


(追い払うだけだ!!)


少し傷を付けるくらいでいい。頭が小さいし、それで驚いて逃げるかもしれない。


架陰は、コンクリートの地面を蹴り、跳躍する。そして、その貧相な体に刀を一閃する。


しかし、


「!?」


突然、架陰の身体を突風が直撃し、大きく吹き飛んだ。


数メートル先の地面に叩きつけられる。


「がはっ!!」


受け身を取れず、首から背骨にかけて、強い衝撃が走る。


(なんだ!?)


直ぐに立ち上がる。もうローペンは天井を半分ほど剥がしていた。


「もう一度!!」


刀を拾い上げ、再び斬り掛かる。しかし、今度は正面から突風が吹き、また地面に叩きつけられた。


「ぐっ!!」


どういう事だ・・・?


架陰は何が起きているのか理解できなかった。もう少しで、ローペンに刃が届くというのに、都合よく突風が吹いて架陰をローペンから引き離す。


「いや・・・」架陰は首を横に振った。「男子高校生を吹き飛ばす突風なんて、自然現象であるわけない」


ついにローペンが天井を引き剥がした。遺体の棺桶が顔を出す。それを見つけるや否や、ローペンの顔が綻んだような気がした。「くるるるっ!」と鳴き、まるで、お菓子を貰って喜ぶ子供のように。


「仏様に手は出させません!!」


その時、運転席から男性が顔を出し、手に持ったスプレーをローペンに吹きかけた。


「ギャアアアッッッ!」


ローペンが鋭い声で鳴き、大きく仰け反る。


催涙スプレーだった。


その間隙を縫って、架陰がアスファルトを蹴る。刀を鞘に収め、ラグビーのタックルのような形で、ローペンに飛びついた。


「この人から離れろ!!」


勢いそのままに、架陰とローペンは、地面の上に転がる。


(よし、遺体から引き離した!!)


ローペンは、架陰の腕の中で魚のように動き回った。そして、唯一自由なコウモリのような翼を仰ぐ。


「!?」


ローペン、架陰の身体が浮かび上がる。架陰が手を離そうとするよりも早く、一気に上昇した。


「うわあああああああああああぁぁぁ!!!」


急なGが架陰を襲った。


目を開けると、先程まで架陰が立っていた地面は遠くに見え、架陰の住む街は、小さくなった。


高度約100メートル。


冷たい風が架陰に吹き付けた。


これでは、手を離しても死ぬだけだ。


「くっ!」


架陰はローペンから落ちないよう、ローペンに必死にしがみつく。


そんな架陰に構うことなく、ローペンは羽ばたき、空を切って飛び始める。


「ひいいいいいいい!!」


飛行機のように安全飛行をするわけではない。重りを付けているためか、ローペンは、上下にホバリングしながら飛んだ。その度に、架陰は手を離してしまいそうになる。


(ま、まずいぞっ!)


ちらりと下を見る。やはり、建物が小さく見えた。


6


葬儀場に残って、この30分後に出発する霊柩車の護衛をする予定のクロナは、そわそわしながらその時を待っていた。


(架陰、大丈夫かしら・・・?)


その心配は的中する。


突然、小型トランシーバーが電子音を発した。


袖からトランシーバーを取り出し、耳に当てる。


「もしもし、どうしたの?」


何やら、ゴーゴーとノイズが入って、聞こえにくい。


『く、クロナさあああん』


今にも泣き出しそうな架陰の声がする。


心配が『怒り』に変わる瞬間だった。


「え、どうしたの? さっさと護衛して帰ってきてくれる? 殴りたいから」


「その護衛中なんですけど、ハッスルしすぎて・・・」


「ハッスル?」


「ローペンの背中に乗って飛んでいます」


「・・・・・・」


思わずトランシーバーを落としそうになる。身体中の毛が逆立った。


まさか、本当にローペンに遭遇するとは。まさか、ローペンの背中に乗れるとは。ちょっと、乗ってみたい。いやいや、違う。


「なんてことしてんのよォ!!」


「すみません・・・」


「早く帰ってきなさい!!」


「無理ですよォ。今手を離したら、僕の頭なんか、アスファルトの上でミンチですよ。今だって、やっとの思いでクロナさんに連絡したんですからね」


「ああ、もうっ! どうすんのよ!!」


クロナは地団駄を踏んだ。その後、顎に手をやって、熟考する。


どうする? こんな事態は初めてだ。幸い、トランシーバーにGPSが内蔵されているから、架陰の行方を追えないことは無い。


だが、ローペンがどこまで飛ぶのかだ。UMAの飛行距離なんて知らないし、そもそも、着陸するのかも怪しい。


それまでに、架陰が力尽きて、地面の上に叩きつけられるというケースもある。


「・・・、絶対に、手放したらダメよ」


クロナは、トランシーバーに向かって念を押した。


「は、はい…」と消え入る声がする。


クロナはトランシーバーの通信を切った。


「仕方ないわね」


どちらにせよ、早く出動しないと、架陰の命が危ないということだ。


「ローペンは、今日、桜班が狩る!」




7


10分程飛んだローペンは、突然スピードを弛め、高度を落とし始めた。


(着陸するのか!?)


架陰はローペンを抱きしめる力を強め、顔を上げた。前方に、鬱蒼とした標高200メートル程の小さな山が見えた。


「うっ!!」


そのまま、木々生い茂る山の中に突っ込む。鋭い枝が頬を掠め、女郎蜘蛛の巣が顔に引っかかった。


ガサガサと身体中を打たれ、地面に放り出される。


(受け身を取れ!!)


架陰は咄嗟に身体を丸めて、地面に叩きつけられた時の衝撃を緩和した。


バリッ、ガシャンッッ!!と乾いた音を立てて架陰が転がる。通常の地面の感覚ではない。


「はあはあ、はあはあ」


10分程と言えど、久々に踏みしめる地面は硬く、架陰は立ち上がるのに苦労した。しかし、この付いた手に残るザラりとした冷たい感触。ただの地面ではない。


「いや、これは、この地面はっ!!」


そこは、山の中にぽっかりと空いた空間。そこに広がる、純白の地面。白い砂。


架陰の背筋を冷たいものが走る。


「人間の骨!?」


全ての理解が追いついた。


この山はローペンの巣。


そして、この白い地面は、ローペンが今まで奪ってきた遺体の数々。見れば、所々に骸骨も確認できた。


巣に降り立ったローペンは、首を傾げ、ガラス玉のような目を架陰に向けた。


「お前を食っても、美味しくないんだけどな」


と言っているようだった。


「くっ!!」


架陰の頭の中で何かが音を立てて弾ける。


刀の柄に手をかけ、地面を蹴る。その瞬間、突風が吹き、架陰の侵攻を阻んだ。しかし、架陰はもう一度踏み込み、その風を突き破る。


「はあっ!!」


一閃。


ローペンの翼に赤い線が入り、血液が吹き出した。


「ギャアアア!?」


ローペンの困惑する声。


「許さない」


架陰は、充血して朱に染った目をローペンに向けた。


「お前のことは、別に恨んでもいなかった。ただ、仕事だと思ってお前と対峙した」


刀の鋒をローペンに向ける。


「だが!! いま、明確な殺意を持った!!死者を、馬鹿にするな!!!」


そして、怒気の籠った口調のまま、こう宣言する。


「お前はっ! 桜班下っ端、『市原架陰』が必ず倒す!!!!」


次回、第5話『死神、鈴白響也登場!』


お楽しみに!

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