【第117話】羽ばたく悪魔 その①
闇より切り取る
三日月の羽
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「く、そ・・・」
一代目鉄火斎が与えた回復薬が効いたのか、蒼弥の腹の傷が塞がった。血もぴったりと止まり、痛みも和らぐ。
何とか立ち上がると、真っ先に、地面に足が埋まったまま身動きが取れなくなっているアクアに近づいた。
「おい、アクアさん、大丈夫か?」
「まあね・・・」
アクアはなんてことないように頷いたが、内心は、溶岩で焼け爛れた足の激痛に耐えていた。
「早く、アスファルトを砕いてよ」
「分かってる」
蒼弥は刀を構えると、アクアの足元に突き刺した。
アスファルトはいとも簡単に砕ける。
アクアはサッと足を抜いて、その場に尻もちをついた。
「あー、痛たたたた・・・」
「アクアさん、あんた化け物だよ・・・」
蒼弥はアクアの足を見て苦虫を噛み潰したような顔をした。
アクアの足は、「再起不能」と言っても過言ではないくらいに損傷していた。
戦闘中に煮えたぎる溶岩に足を突っ込んだのだから、当然のことだ。
肉は真っ赤に焼けて、表面温度が上がった拍子に皮膚表面が裂けていた。刀の切れ込みのような傷の中を覗くと、じゅくじゅくとした赤色の綺麗な肉が見えた。
あと数センチ焼けていたら、骨もむき出しになっていたかもしれない。
「アクアさん、回復薬、食べた方がいいですよ?」
「無理」
アクアはツンケンと言い放つと、先ほど一代目鉄火斎に渡された回復薬を放り投げた。
「ちょっ!! 」
慌てて止める蒼弥。
「何やってんだよ、そいつ飲んで、さっさと回復薬した方がいいだろ」
「そうしたいところだけど・・・あの男・・・、今回は助かったけど、次に会う時は、何をしてくるのか分からないわ」
「何言ってんだ。師匠はやっぱり優しかっただろ」
「腹に穴を開けられといて、『優しかった』って言えるの?」
「オレを殺すのを躊躇っていたじゃないか」
「まあ、そうだけど・・・ 」
ほんと、分からない男だった。
身に刺さるような殺意をむき出しにして襲いかかって来た割には、最後の最後で、殺すのを戸惑っていた。
手が震える余り、教え子の首を落としかねた・・・。
「あいつ、何がしたかったの?」
「それはオレにも分からねぇよ」
「悪魔の堕慧児と組んで・・・、彼らに刀を提供する。そして、養子にとった我が子までも手に掛けようとした・・・」
「うーん・・・」
アクアはスーツの内ポケットに手を入れると、【回復薬・桜餅】を取り出した。
人齧り。
飲み込むと、たちまち足の傷が治癒を始めた。
「ふう・・・」
完全治癒まで、あと三十分程か。
アクアはひと仕事終えたあとのようなため息をつくと、仰向けに倒れ込んだ。
「疲れた・・・」
「オレもだよ・・・」
二人揃って、その場に倒れ込む。
「にしても、あの時、あなたが助けにしてくれなかったら、私は殺されてたかもしれないから・・・」
「ああ・・・」
蒼弥は照れくさそうに頷いた。
「オレだって、隠れていたかったよ。帰りたかったよ。だけど・・・」
拳を握りしめ、内側に爪を食い込ませる。
「でもやっぱり、師匠と話がしたかった」
「そう」
「あと、師匠に、これだけは伝えたかったんだ・・・『一緒に帰ろう』って・・・」
「無理だったけどね」
「言うなよぉ。ちょっと、へんこんでるんだからよ」
それから、蒼弥は起き上がって、頬を数回叩いた。
拳を握りしめ、開き、握りしめる。を繰り返して、動作を確認する。
「よし、ちゃんと動くな・・・」
「それは良かったわ。回復薬が効いてきたのね」
「じゃあ、とりあえず、始めるか・・・」
「え、何を?」
「あ? 忘れたのかよ?」
蒼弥はふらつきながら道路の端に歩いていくと、そこに置かれていた、【荷物】に手を伸ばした。
それは、トラックを使って運搬した、大量の煉瓦だった。
一代目鉄火斎との戦いですっかり忘れ去られていたが、非戦闘員のアクアと蒼弥が、この戦場に赴いた理由。
「市原架陰の刀を打ち直すぜ・・・」
そう言うと、コツコツと煉瓦を積み上げていく蒼弥。
「そんな簡易的だ溶解炉で、刀が打てるの?」
「大丈夫だ。オレの【炎】の能力で中の温度は調節できる」
蒼弥は「それに」と付け加えた。
「今回折られた架陰の刀と、師匠との戦いで分かったことがある」
「何それ」
「次の刀に、【刃】はいらないってな・・・」
その②に続く
補足
蒼弥とアクアが任務地にいたのは、市原架陰の新たな刀を打つためです。その間市原架陰は、【名刀・赫夜プロトタイプ】を使用しています。




