繋いだ手 その②
砂に塗れようと
その温もりがある限り
僕は手を繋ぐ
2
十年だ。
十年、蒼弥は師匠の帰りを待っていた。
毎日、温かい食事を作り、薪を山で採取して、熱々の五右衛門風呂を沸かす。
刀の鍛錬も忘れなかった。
いつも隣で見ていた、師匠の動きを脳裏に刻み、なぞるようにして熱した鉄を打った。
それでも、師匠は帰ってこない。
明日は帰ってくるかもしれない。
明後日は帰ってくるかもしれない。
もしかしたら、あと一年くらい待てば・・・、ひょっこりと現れて「やあ、久しぶり」なんてことを言うかもしれない。
そんな、浅はかな妄想を続けていた。
時が経つにつれて、そんな考えは埃を被るように薄れていき、いつしか、「諦め」を抱くようになっていた。
それでも、いつかは。
いつの日かは。
再会できる日が、来るんじゃないかって。
そう、一ミリよりも小さな希望を抱き続けていた。
※
「師匠!!!」
蒼弥は、強ばる脚に鞭を打って、路地裏から大通りに飛び出した。
一代目鉄火斎は、今まさに、刃を身動きの取れないアクアに振り下ろそうとしている。
「させない!!」
腰の刀を抜くと、思い切り投げた。
刀は、蒼弥の意思に従うようにして、一代目鉄火斎へと一直線に飛んで行った。
気づいた一代目鉄火斎は、アクアから刀に意識を移し、刃を弾く。
上空へと打ち上げられる刀。
(やるしかねぇ!!)
拳を握りしめる蒼弥。
(能力!! 【炎】!!)
能力を発動する。
すると、握りしめた拳の周りを、赤い炎がメラメラと取り巻き始めた。
「頼む!!」
炎を纏わせた拳を、虚空に向かって放つ。
「いけぇ!!」
炎が、轟轟と燃え上がりながら一代目鉄火斎に迫る。
流石の彼も、たまらず後退した。
(引きやがった!!)
この機会を逃さない。
蒼弥は、ちょうど頭上から落ちてきた刀の柄を掴んだ。
流れるような動作で、追撃する。
投擲された刀は、神速の如きスピードで一代目鉄火斎に迫り、彼の右脚の太ももに突き刺さった。
「っ!?」
初めて顔を顰める一代目鉄火斎。
「師匠!!!」
怯んだ一代目鉄火斎との間を詰めた蒼弥は、その顔面に、握りしめた拳を叩き込んだ。
ゴキリ。
と、鈍い音が響く。
骨が軋むような、生々しい感触が拳に残った。
「ああああああああぁぁぁっ!!」
振り切る。
一代目鉄火斎は、為す術なく殴り飛ばされ、肉塊で覆われたアスファルトの上に背中を叩きつけた。
口から歯が二、三本吹き飛び、地面にコツンと転がる。
「ああああああああぁぁぁ!!! ああああああああぁぁぁ!!!」
蒼弥は喉が切れんばかりに叫ぶと、一代目鉄火斎の上に馬乗りになった。
めちゃくちゃに、一代目鉄火斎の顔面を殴る。
「くそ!! 馬鹿師匠!! くそ!! くそ!! この野郎!! オレがどんな気持ちで待っていたかわかってんのかよ!!」
「・・・・・・・・・」
一代目鉄火斎は、まるで人形のように殴られ続けた。
「ああああああああぁぁぁ!! ああああああああぁぁぁ!! ああああああああぁぁぁ!!ああああああああぁぁぁ!!!」
いつしか、蒼弥の目には、大粒の涙が溜まっていた。
それはボロボロとこぼれ落ちて、殴られ腫れた一代目鉄火斎の顔面を濡らしていく。
一通り殴った蒼弥は、力なく崩れ落ち、一代目鉄火斎の胸に額を押し付けた。
そして、絞り出した。
「ごめんよぉ・・・」
ごめん。
ただ、それを伝えた。
「ごめん。オレ、師匠との約束、守れなくてごめん・・・。師匠がずっと、『刀を作るな』って言ってたのに・・・、作って、ごめん・・・」
わかっている。
師匠からすれば、蒼弥の作った刀など、赤子の落書きのようなものだと。
だけど。
「それでも・・・、オレ、師匠みたいになりたかったんだよ・・・」
これは、雛の刷り込みのようなものだった。
卵から生まれた雛は、一番最初に見たものを親だと判断して、着いて回る。
蒼弥の親は、彼を産んだ女でも、彼を山に捨てようとした男でもない。
UMAに食われそうになっていた蒼弥を助けてくれた、一代目鉄火斎だった。
師匠を、父親のように慕い、まるで神でも崇めるかのように、尊敬していた。
「頼むからさぁ、師匠・・・、帰ってきてくれよ!!」
「蒼弥・・・」
腫れた顔で、一代目鉄火斎が見ている。
彼は、そっと手を伸ばしてきて、蒼弥の頬を撫でた。
「なんだ・・・、見ない間に、随分と大きくなったじゃないか・・・」
「師匠・・・」
蒼弥は、師匠の手に自分の手を重ねた。
「師匠。もう、やめてくれ。帰ってきてくれ」
「うん・・・」
一代目鉄火斎は、十年前と同じ、慈愛に満ちた表情で微笑んだ。
そして、こう言った。
「ごめん」
次の瞬間、蒼弥の腹に焼けるような痛みが走った。
「え・・・」
ような。では無い。実際に焼けていた。
一代目鉄火斎が、溶岩を指先に纏わせて、それを、蒼弥の腹に押し付けていたのだ。
灼熱の指は、蒼弥の着物を焼き、腹の肉を焼いた。
ズブズブとめり込む。
「あ・・・」
「ごめんね。蒼弥。僕は、もう止まれないんだよ」
その③に続く
補足
二代目鉄火斎(蒼弥)の能力は【炎】です。彼は自分が思うよりも天才肌なので、四歳の頃に既に能力に目覚めていました。それを使って、風呂を沸かしたり調理をしたり、あとは鉄を溶かす溶解炉に利用しています。




