断罪の炎 その②
翼の折れた天使は
走ることを覚えた
2
アクアは、身を隠していた倉庫から飛び出した。
「これは・・・」
既に、辺りは惨状と化していた。
一代目鉄火斎が上空から落とした溶岩の雨が、道路一面に広がり、焦げた香りと共に白い煙を放っている。
特に、この路地裏は空気が充満しやすく、頬を焼くような熱気がアクアを包み込んだ。
「くっ・・・」
アクアは能力で水を作り出すと、自分の頭から被った。
たちまち、アクアの身にまとっていたスーツは水で濡れ、彼女の身体に張り付く。
「動きにくくなったけど・・・、熱さを凌ぐのはこれしかないわね・・・」
水を噴霧して辺りの気温を下げるのも手だが、そうすると水蒸気が発生してしまう。視界が奪われれば、本末転倒だった。
「とりあえず、一代目鉄火斎を探さないと・・・・・・」
アクアは溶岩が広がる道へと駆け出した。
再び、先程一代目鉄火斎と交戦していた大通りに出る。
「あ!! いたいた!!」
案の定。と言うべきか、そこには、中央分離帯に腰を掛けた一代目鉄火斎が待ち構えていた。
「やっぱり来ると思ってたよ。思ったよりかは早かったけどね」
「っ!!」
アクアは、ひとまず足元の溶岩に水を掛けて冷却した。
足場を確保する。
一代目鉄火斎は、中央分離帯から腰を剥がすようにして立ち上がった。
「あれ? 蒼弥はどこにいったんだい?」
「匿っているわ」
「なんでだよー。直ぐに殺さないとダメなのに・・・」
「蒼弥・・・、いえ。二代目鉄火斎は、市原架陰の刀を打つ。と言う使命があります。今失うわけにはいきません」
「その言い方、いちいちムカつくよね・・・」
腰の刀に手をかける一代目鉄火斎。
スルッと抜くと、刃を地面に突き立てた。
「能力・・・【灼熱】」
刺さった部分を中心として、肉塊を纏ったアスファルトが赤い溶岩と化す。
再び、熱気がアクアに押し寄せた。
「あんまり、関係の無い人は殺したくないんだ。特に、君のような綺麗な女性はね」
「あら、だったら、その熱をやめてくれないかしら? お肌に悪いのよ」
「汗をかくことは大事だよ?」
地面から刀を抜く一代目鉄火斎。どろりどろりと、粘性の高い溶岩が刃にまとわりついて出てきた。
溶岩がまとわりついた刃を、虚空に向かって一閃する。
その勢いで、溶岩が斬撃の形となってアクアに迫った。
殺意は無い。
牽制の一撃。
「【水砲撃】」
アクアは、斬撃に向かって水を放ち、威力を相殺した。
もくもくと、水蒸気が立ち込める。
アクアは、姿勢を正し、確かめるように言った。
「一代目鉄火斎・・・、あなたには聞きたいことが沢山あるので・・・、捕らえさせていただきます」
「怖い怖い」
一代目鉄火斎は首をすくめた。
「無理だよ。あんたにはできない。ボクを捕らえることも・・・、倒すことも・・・、ましてや、この溶岩を止めることは、できない」
地面がさらに熱される。
ゴボゴボと溶岩が沸き立ち、火花を散らす。
(平気なの? あの中に立っていて・・・)
距離をとっているアクアでさえ、この暑さは耐え難いものだった。今すぐにでも裸になって、冷たい水の中に入りたい気分だった。
喉が渇く。
身体からダラダラと汗が吹き出す。
一代目鉄火斎は、涼しい顔をして言った。
「UMAハンターは、どうして武器を持つと思う?」
「え・・・」
不意な質問。
「そりゃ、UMAを倒すためでしょう? 特に、近年のUMAハンターは、能力を持つことが出来ないから、武器で武装しないと、まともに戦うことができないから・・・」
「大昔は違う」
「・・・?」
「大昔は、違ったんだよ」
一代目鉄火斎は、自分の刀の、赤い刀身をうっとりと眺めた。
「昔は・・・、武器・・・、いや、刀は戦のために使われた。もちろん、美術品としても重宝されたけどね」
溶岩が広がる。
アクアは後ずさる。
「武器は、人を殺すために作られた。何百人を斬り続け、その刃に血と恨みの念を染み込ませてきた・・・」
「さっきから、何を言っているの?」
「刀の本質だよ」
「刀の、本質?」
「蒼弥は何も理解していない。いや、理解してたまるか。って話だけど・・・」
その瞬間、一代目鉄火斎の目がカッと見開かれた。
白目の中で、瞳孔が締まりきった黒目が、ギョロギョロと動く。
それを見たアクアの背筋に冷たいものが走った。
気圧されるようにして、さらに後ずさる。
「こいつ・・・!!」
「君には分かるだろう? 十年前・・・、アメリカで暴走した【悪魔】を討伐した、君になら・・・!!」
「私の事・・・、知っているねね・・・」
「もちろん。君は、僕の人生を変えた人だからね・・・」
蒼弥の話が本当なら、一代目鉄火斎が、彼の元から消えたのは十年前。
そして、十年前は、アクアが悪魔を倒した頃でもあった。
「だからと言って、君を恨んではいない。逆に感謝してもいるさ。【あの出来事】が、僕に刀の本質を教えてくれたからね・・・」
一代目鉄火斎は、「さあ、そろそろ」と続けた。
「そろそろ、終焉の時だよ・・・」
その③に続く
その③に続く




