二代目鉄火斎外伝 その④
時は動き出す
死へと向かう
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そして、その日がやってきた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
そう言って小屋を出ていく師匠の背には、竹で編んだ籠が背負われ、その中に大量の刀が入っていた。
その数、三十本。
師匠が少し動く度に、中で擦れあい、ガチャガチャと騒がしい音を立てていた。
「三日後に戻る。留守番、頼んだよ」
師匠はそう言うと、タコだらけの手でオレの頭をくしゃくしゃと撫でた。
オレは恥ずかしくなって、その手を払い除ける。
「やめてくれよ。オレ、もう四歳だぜ?」
「ぷぷっ!!」
何故か盛大に吹き出された。
「世間一般じゃ、四歳は赤子だよ」
「ああ?」
「僕のしつけが良かったってことだよね」
「まあ、オレ、もう一人で飯も作れるし、風呂も沸かせるからな」
そんな他愛の無い会話を続けてから、師匠はくるりと踵を返した。
そして、首だけで振り返り、手を振る。
「じゃあね。いい子にしておくんだよ」
「ああ!!」
「帰ったら、刀の作り方、教えてあげるからね」
「まじか!!」
オレはその場で跳ね上がって喜んだ。
「約束だぜ!! ちゃんと教えろよ!! オレ!! 師匠みたいに綺麗な刀を作りたいんだからな!!」
「うん」
師匠はオレとそう約束して、小屋を出ていった。
その日からの三日間。
オレは一人で留守番しながら、今か今かと師匠の帰りを待っていた。
山で山菜を採っている時も。
小屋の裏で五右衛門風呂を沸かしている時も。
森に狩り出て、イノシシの肉を削いでいる時も。
いつも師匠の横顔と、師匠の作る、まるで宝石のような刀を思い浮かべていた。
楽しみだなぁ。
刀を打つの、楽しみだなぁ。
ずっと師匠の姿を見ていたからわかるんだ。鉱石は、こうやって溶かして、鉄はこうやって打つ。柄の装飾はこうやって巻いて、鍔はこうやって彫る。
それがやっと、実践に移せる。
こんな嬉しいことがあるか?
オレは待った。
師匠を待った。
一日待った。
二日待った。
三日待った。
でも、師匠は帰ってこなかった。
あれ?
おかしいな。
道中に手間取っているのかな?
じゃあ、もう少しかかるのかな?
四日待った。
五日待った。
六日待った。
七日待った。
八日待った。
九日待った。
十日待った。
あれ?
まだ帰ってこないや。
師匠のために、山菜鍋を用意しておいたのに、今日も一人で食べきらなきゃならない。
一ヶ月。
二ヶ月。
三ヶ月。
四ヶ月。
五ヶ月。
六ヶ月。
一年。
二年。
三年。
四年。
五年。
六年。
七年。
八年。
九年。
十年。
「ああ、やっと会えたな・・・」
オレはその日、師匠と再会した。
師匠は変わり果てていた。
人間に仇をなす【悪魔の堕慧児】の一味に加わり、彼らのために刀を作っていた。
表情は、十年前と同じ師匠のもの。
にこやかで、何を考えているのか分からなくて、身軽で、強くて。
そして、冷酷だ。
師匠・・・。
見てくれよ。
オレ、あの後、独学で刀を作ったんだ。
師匠の姿を思い浮かべて、何度も失敗しながら、何度も刀を作ったんだ。
見たかな?
架陰の【名刀・赫夜】。
あれは、師匠が置いていった【名刀・赫夜】を真似て作ってみたんだ。うん。怒るのは分かるよ。
だけど、なかなか上手いだろう?
刀身の部分とか、結構凝ったんだよ。
斬れ味もいいよ。
見たかな?
架陰の【名刀・叢雲】。
あれは、オレの最高傑作なんだよ。
誰の真似もせずに、オレの力だけで作った逸品なんだよ。
なあ、褒めてくれよ。
なあ・・・、褒めてよ。
褒めてくれよ。
なんで、そんなこと言うんだよ。
頼むよ。
オレに「刀を打つな」なんて言わないでくれよ。血は繋がってないけど、オレは、師匠の子供だぜ?
刀鍛冶である師匠の子供だぜ?
分かるよ。わかってるよ。ごめんと思うよ。
勝手に師匠の名前を名乗って、悪いと思うよ。
だけど、本気なんだよ。
師匠。
オレは本気で、師匠の跡を継ぎたかった。
【二代目鉄火斎】になりたかった。
師匠。
ごめんよ。
オレを置いていったあんたには、恨み言ばっかりだよ。だけどな、それでもな、嬉しかったんだよ。
もう一度あんたに会えて、嬉しいよ。
だから、今度は、置いていかないでくれよ。
オレ、あんたとずっと、話をしたかったんだよ・・・。




