二代目鉄火斎外伝 その③
滅亡後の三秒間
3
師匠が居なくなる三ヶ月前。
「なあ、蒼弥」
師匠は、オレが小屋の前で植えていた山菜を詰んでいるところにやってきて、改まって言った。
「すまないが、今日の風呂沸かしと、料理・・・、あと、寝床の準備、全部やってくれないか?」
「ああ?」
オレはあからさまに不機嫌な顔をして振り返った。腕の中の山菜がポロリと落ちる。
「なんでだよ。今日は師匠の当番だろうが」
「済まないね」
師匠は子供をあやすみたいにして、オレの頭を撫でた。まあ、オレは四歳で、ただの小学校にも行っていない餓鬼だったのだが。
「少し、依頼が入ったんだ・・・」
「依頼? 刀か?」
「うん。刀三十本・・・、あと三ヶ月の間に作らなければならない」
「おいおい・・・」
まだ四歳で、師匠から何も教えてもらっていないオレでも、刀一本を作るのに掛かる時間がどのくらいなものか知っていた。
特に、師匠は一流の匠だ。
一本一本に心血を注いで刀を打つ人だ。決して、SANAの本部がやっているような【量産】の手法はとらない。
「間に合うのかよ?」
「間に合わせるしかないね・・・」
師匠はため息混じりに頷いた。
「大丈夫。今までに打ってきた刀のストックがあるから・・・、実質打つのは十本くらいだよ・・・、それでも時間が足りないけどね・・・」
「手伝おうか?」
「こら」
オレの額を小突く師匠。
「言ったろ? お前にはまだ早い」
「でもよぉ」
オレはしつこくせがんだ。
「いいだろ? 師匠。オレにも刀の作り方教えてくれ!!もう、家事ばっかりで飽きたんだよ」
「あのねぇ・・・」
師匠は腕組みをして、眉間にシワを寄せた。直ぐに「ダメ」という言葉が返ってくるのかと思いきや、若干熟考している様子。
「仕方ないなぁ・・・」
「え!!」
「とりあえず、鉱石を採ってきてくれ」
「鉱石!!」
オレは小躍りした。
「鉱石って、師匠がいっつも山の中で掘ってくるやつだろ?」
「うん」
師匠は一度工房に戻ると、籠と採掘用具を持って出てきた。
「ここを下って行けば、採掘場があるから、そこで適当に掘っていなさい。黒っぽくて艶のあるやつが刀に使える鉱石だから、多分わかりやすいと思う」
「うん!! 行ってくる!!」
オレは師匠から籠と採掘用具を受け取ると、スキップでもしそうな勢いで、道を下っていった。
師匠の言う通り、少し行ったところに、師匠が使っている採掘場があり、そこでは、少し土山を削るだけで、黒くて艶々とした鉱石が掘り起こされた。
触れると、ひんやりとして心地よかった。
オレは数時間かけて鉱石を掘り起こし、籠の中をいっぱいにした。案の定、重くて持ち上げることが出来なかった。
半分に分けて、「うんとこしょ」と苦労しながら、師匠の工房に戻る。
「師匠!! 帰ったぞ!!」
「ありがとう!! 適当なところに置いてくれ!!」
師匠は丁度、熱した鉄を鎚で叩いていた。
カツン!!
カツン!!
カツン!!
カツン!!
赤く発光する鉄に、鎚を打ち付ける。
火花が飛び散り、それを見たオレの視界が点滅した。
師匠は作業用の着物を身にまとい、一心不乱に刀を打つ。
カツン!!
カツン!!
カツン!!
工房の中は、血を彷彿とさせる鉄の匂いと、頬を焼く熱気に包まれていた。
ふと、作業台に、一枚の紙が置いてあることに気がついた。
オレは籠を足元に置き、その紙を覗き込む。
なんだろう・・・。
すごく古い紙だ。
虫食って、黄ばんだ和紙。墨でミミズが這ったような字が綴られている。
そして、刀の絵。
「なんだろう・・・、名刀・・・、秋穂?」
ジュワッ!!
という音がした。
振り返ると、師匠が叩いた刀を水に漬けていた。
もくもくと水蒸気が上がり、師匠の姿が霞む。
師匠は作業を続けながら僕に言った。
「不思議な依頼だろ?」
「どこが?」
「そいつは、今、僕が世話になっている【村】の村長からの依頼なんだ」
「依頼?」
なんのことだ?
「ああ。今回の依頼は、その村の村長に頼まれたんだけど・・・」
刀を三十本作ってくれ。という話のことか。
「二十九本は、『なんでもいい』そうなんだ。斬れればいい。別に、昔作ったやつを使いまわしてもいい。だけど、その刀だけは、必ず僕の手で打たなければならないと言われたよ」
「なんで?」
「さあ?」
師匠は続けた。
「【名刀・秋穂】。いわく、その村に古くから伝わる妖刀らしい。村長は、『この刀の模造品を作ってくれ』って、言ってきたんだ」
模造品。つまり、偽物。ってことか。
「文献まで引っ張り出してきて・・・。一体何を考えているんだろうね・・・」
「いくら貰えるんだ?」
「そりゃもう、しばらくは遊んで暮らせるくらいもらえるよ」
そう言う師匠の声は、どこか高々だった。
「もう少し待っていてくれ。蒼弥。この仕事を終えたら、お前に、楽をさせてやるからな」
その④に続く
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