グッドラック その③
二度と消えることはない
烙印を押そう
3
脳裏に過ぎるのは、十年前のこと。
彼を置いて、何処かへと行ってしまった、師匠の姿。
「師匠っ!!!!!」
二代目鉄火斎・・・、いや、本名【蒼弥】は、突如彼の目の前に立ち塞がった男の名を呼んだ。
十年前と全く変わっていない。
髪の毛を肩まで伸ばし、薄い生地の着物を緩やかに着こなす。ニコニコと、何を考えているのか分からない笑みを浮かべ、腰には、殺意に満ちた刀を携えている。
二代目鉄火斎・・・蒼弥に刀鍛冶の基礎を教えこんだ男。【一代目鉄火斎】が、目の前にいた。
「師匠!! あんた!! ここで何やってんだよ!!!」
蒼弥は、人間に仇をなす悪魔の堕慧児側につく一代目鉄火斎にそう言った。
「オレを放っておいて!! こんなところで、何やってんだよォ!!」
声が震えた。
感情を抑えることができず、目じりからボロボロと涙がこぼれた。
一代目鉄火斎は、着物の袖をヒラヒラと振った。
「久しぶりだね。蒼弥」
「久しぶりなんてもんじゃねぇだろ!!」
「ああ。10年ぶりか」
ぽんっ、と手を叩く。
「ごめんね。時間の流れがよく分からなくなっていたよ・・・」
「そんなことより!! 師匠!!説明しろよ!!」
蒼弥は、一代目鉄火斎に詰め寄った。
「どうしてあんたが、悪魔の堕慧児の味方をしているんだよ!!」
「味方?」
あまりピンと来ていない様子。
「どういうことだい?」
「味方してるだろうが!! アイツらが使っている武器、全部、あんたが作ったんだろうが!!」
蒼弥に被せるようにして、アクアが腕組みした状態で口を開いた。
「一代目鉄火斎殿。少し不思議だったんですよ。悪魔の堕慧児たちは、UMAハンターではないのに、【能力武器】を装備していました。かなりの上物です」
「そりゃそうだ。僕が作ったんだから」
「どうしてです?」
アクアの目がぎらりと光る。
「同じ質問をします。どうして、悪魔の堕慧児に武器を与えたんですか?」
「無粋だね」
「あなたが悪魔の堕慧児のために武器を作らなければ、彼らの戦力がここまで上がることはなかったはずです」
確認出来ただけでも、笹倉の【雷光丸】や、唐草の【雨之朧月】は、一代目鉄火斎による作品だった。
一代目鉄火斎は、両手を広げて、天から降り注ぐ陽光を全身で浴びた。
「実に無粋だ」
「・・・・・・」
「僕は職人だよ? 頼まれれば、作るに決まっているじゃないか」
「たった、それだけの理由ですか?」
「それだけの理由にしてくれないか?」
どういうことだ?
彼の言葉の真意が汲み取れず、アクアは固まってしまった。
一代目鉄火斎は、ニヤリと笑うと、「本題に入ろう」と言った。
腰の刀に手をかけて、するりと抜く。
赤色の刃が姿を現した。
「【名刀・溶岩藝流】」
「っ!!」
辺りの空気が一瞬で張り詰めた。
痺れるような恐怖が肌を伝い、蒼弥の足元を震わせる。
自然と呼吸が浅く、速くなり、目の前の光景がぐにゃりと歪んだ。
動揺する蒼弥を見て、一代目鉄火斎は逆撫でするように言った。
「怖いのか?」
「・・・・・・」
奥歯を噛み締める蒼弥。
「怖いんだろ?」
「嫌だよ・・・」
蒼弥は声を震わせ、ただをこねるように首を横に振った。
「師匠・・・、オレ、あんたと戦いたくないよ・・・」
「別に『戦え』とは言っていない」
赤い刀の鋒を、蒼弥の鼻先に向けた。
「バカ弟子を『殺す』って言っているんだ」
「それがわからねぇよ・・・」
「分からなくてもいい」
その瞬間、一代目鉄火斎は刀を振った。
刃から赤い斬撃が放たれ、雨に濡れた子犬のように震える蒼弥に迫る。
アクアがすかさず、彼の着物の襟元を掴んで引き寄せた。
「鉄火斎!!」
アクアの助力で、何とか斬撃を回避する。
倒れ込んだ蒼弥は、「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう」と連呼しながら、地面に拳を叩きつけた。
「ちくしょう!! このバカ師匠!!!」
「あらら、バカ弟子にバカって言われちゃったよ・・・」
「ふざけんな!!」
叫んだ瞬間、彼の喉元にピリリと痛みが走った。
声が枯れようと構わない。
「ふざけんな!!ふざけんな!!ふざけんな!!ふざけんな!!」
立ち上がったかと思えば、駄々をこねるように地団駄を踏む。
「なんでこんなことすんだよぉ!!!」
「分からないだろうね」
一代目鉄火斎は冷酷に言い放つと、刀を地面に突き立てた。
それから、蒼弥に問う。
「一つ聞きたい。あの刀を打ったのはお前か?」
「あの、刀・・・?」
「市原架陰が装備していた、あの黒い刀だよ」
「オレだよ」
蒼弥は断言した。
「師匠に教えてもらったこと全部つぎ込んで作った、オレの最高傑作だよ!!」
「ああ、そう・・・」
独り合点すると、刀の柄を強く握りしめた。
その瞬間、刃が赤い光を放つ。
グツグツ、グツグツと、刀が突き立った地面が発熱して、どろりと溶けて、溶岩となった。
熱気が、蒼弥とアクアに押し寄せる。
「これがボクの能力【灼熱】・・・」
第114話に続く
第114話に続く




