薔薇と太陽 その②
ルイボスティーを片手に
青薔薇を愛でる
午前十二時の鐘の下
2
唐草の腕に、リボンが巻き付く。
花蓮は刀の柄を引いて、彼を自分側へと引き込んだ。
刀の刃が届く範囲。
(貰った!!)
花蓮は、【名刀・絹道】の白銀の刃を、唐草へと振り下ろした。
刃が、唐草の喉を引き裂こうとした、次の瞬間。
突如、ビルの影から、白濁とした粘液が飛んできて、花蓮の右腕に掛かった。
「っ!?」
突然の出来事に、花蓮の腕がぎしりと固まり、粘液が飛んできた方向を見る。
「ふっ!!」
唐草は、その一瞬の隙を突いて拘束を解くと、裂かれた右足をかばいながら着地した。
花蓮は慌てて視線を唐草の方に戻す。
だが、時すでに遅し。
自由の身となった唐草は、膝を折り曲げて腰を低くすると、エネルギーを溜め込んだ後に、一気に放出。
目にも止まらぬ速さで、花蓮の懐に潜り込み、彼女の腹に強烈な拳を叩き込んだ。
「がっ!!」
女の大切な臓器。
子宮を殴られた。
花蓮の視界で、パチパチと火花が弾ける。それから、天を仰いだ時、青色の空が、まるで墨汁を垂れ流したかのように灰色に染まった。
(しまった・・・!!)
まるでブレーカーが落ちるかのように、耳元でプツンと言う音が響き、花蓮はがくっと首を折って気絶した。
「もう一発!!!」
もう一撃、花蓮の腹を蹴る唐草。
痛みを感じることも無く、花蓮は人形のように吹き飛び、電柱に背中を強くぶつけて止まった。
「ふー」
唐草は手首をコキコキと鳴らしながらため息をついた。
それから、ビルの陰に潜んでいた者に感謝を述べる。
「助かったよ。【女郎】」
「しっかりしてください」
ビルの影から、背の低い少年が出てきた。
眠たげな目に、ボサボサの髪の毛。低い背丈全てを覆ってしまうような、黒い麻のマントを身にまとっている。
指先には、先程、花蓮の動きを封じ込めた白い粘液がこびりつい着いていた。
彼の名は、【女郎】。
唐草や神谷、笹倉と同じ悪魔の堕慧児の一人だ。
「僕の【鬼蜘蛛】の能力が無ければ、あなた、今頃真っ二つですよ?」
「ごめんごめん」
一度死にかけたというのに、あまりに深刻な顔をしていない唐草。これも全て、女郎の援護を期待していたからだろう。
「全く・・・、さっき神谷も言っていたようにもう少し緊張感は持ってください」
悪魔の堕慧児の一人である、【女郎】はそう言って、ふざけている唐草に釘をさした。
それから、唐草に報告をした。
「とりあえず、東地区の見回りは終わりました」
「ご苦労。西地区は?」
「今からするつもりでした」
「早く行けよ」
「いや、道中、唐草さんが死にかけているんだから助けるに決まっているでしょ」
「お前、良い奴だなぁ」
「ああ、もう、鬱陶しい」
ベタベタとくっついてくる唐草を、女郎は苦虫を噛み潰したような顔をして押しのけた。
ちらりと、神谷の方を見る。
神谷は、まだ薔薇班の副班長と三席と交戦をしていた。
副班長と三席の二人は、神谷の出す触手を防ぐので精一杯。仕えるお嬢様が子宮を殴られて気絶しているのにも気がついていない。
「よし、殺ろうか」
唐草は血が流れ落ちる脚を引きずりながら、電柱に背中をもたれて気絶している花蓮に近づいた。
花蓮はピクリとも動かない。
「とりあえず、この子は殺った方がいい」
和傘を握り直し、振り上げる。
頭をかち割ろうと、振り下ろした。
「【悪魔大翼】!!!!」
戦場と化していた街に、市原架陰の叫び声が響き渡った。
「っ!!」
振り下ろした和傘が、ピタリと止まる。
どこから声がしたのか。
唐草は、目だけで辺りを見渡した。
ザンッ!!!!
「はっ!?」
突如、和傘を握り締めていた唐草の腕が真っ二つに裂けた。
ゴトリと、切り落とされた腕が落ちる。
断面から、赤黒い血液が噴水の如く吹き出した。
「上からだと!?」
見上げる。
架陰が、天から降ってきていたのだ。
「唐草ぁっ!!!」
架陰は鬼の形相で、刀を強く握りしめた。
落下しながら、魔影を刃に纏わせる。
「【魔影刀】!!!!」
着地と同時に、漆黒の刀を振り下ろした。
肢に傷を負い、右腕を切り落とされた唐草が躱すことができるはずもなかった。
刃は、唐草の右肩から脇腹辺りを大きく抉った。
肉が削ぎ落ちて、断面から大量の血。砕けた肋の破片が飛び散り、腸が飛び出した。
「がはっ!!」
「唐草さん!!」
直ぐに援護に向かう女郎。
しかし、架陰は振り向きざまに斬撃を放った。
その流れるような一撃に、女郎も反応することが出来ない。
黒い斬撃が、女郎の腹を穿つ。
「ああああっ!!!」
女郎の上半身と下半身が分断された。
ドチャリと、二人分の肉片が道路に転がる。
架陰は怒りを抑えて、肩で息をしながら言った。
「悪魔の堕慧児は!! 僕が全部殺す!!!」
その③に続く
その③に続く




