太歳 その③
傘を持たないために
雨に濡れるばかりで
畦道は蛙で溢れ
踏みしめ進む私の頭蓋は
畜生と共に
3
「太歳って、知ってますか?」
肉の樹木の幹から顔だけ出した神谷は、ボソボソと言った。
「中国に古くから伝わる、不老不死の果実ですよ・・・」
「不老不死・・・?」
折り重なって倒れ込んでいた、西原、桐谷、斎藤は、お互いに気遣い合いながら起き上がった。
西原が「そういう事か」と、合点が行ったように頷く。
「太歳は、SANAでは【UMA】に分類されていますから・・・」
「その通り」
少し誇らしげに頷く神谷。
「説明しましょう。僕の能力は、【太歳】。身体を、不老不死の果実を成す樹木に変化することができる能力です」
「太歳・・・」
西原の脳裏に、「不老不死」という言葉がよぎった。
それから、樹木に変化した神谷の後ろでコキコキと首を鳴らしている唐草に視線を移す。
「傷が、塞がっている・・・」
「はい。唐草殿には、僕の、不老不死のエネルギーを注入させてもらいました」
その瞬間、傷が完全に治癒した唐草が襲いかかってきた。
空中で身を捩り、遠心力によって勢いを乗せて、西原に向かって蹴りを放つ。
ギンッ!!!
「っ!!」
剣の側面で受け止める西原。
だが、唐草の圧倒的脚力の勢いを防ぎ切ることができない。
それでも踏ん張る西原に、唐草は楽しげな表情。
そのタイミングで、唐草自身の能力を発動させた。
「蹴り砕け!! 【山羊男】!!」
唐草の能力。発動。
ミキミキと骨が軋む音がしたかと思えば、彼の人間の脚が萎んでいく。
肌は血色を失い、薄汚れた褐色へと変貌。
腰から下が、山肌を悠々と駆け登ることを可能とする、【山羊の脚】となったのだ。
「僕の脚は山羊の肢!!!」
蹴り飛ばす。
西原の身体は弾丸の如く吹き飛ばされ、ビルの壁に突っ込んだ。
肉塊を纏ったコンクリートの壁が粉砕される。
壁にめり込んだ彼の頭上から、無数の瓦礫が落下してきた。
「くっ!!」
咄嗟に、結界を発動する。
足元に一枚。
頭上に二枚。
空中に足場を確保してから、顔をあげた。
ひとっ飛びしてきた唐草が、目の前に迫っていた。
「っ!!」
「言っただろ? 僕の脚は山羊の肢だって!!」
結界を展開しようとするが、もう遅い。
唐草の放った強力な一撃が、西原のみぞおちに直撃した。
「がはっ!!」
喉の奥から血を吐く。
意識が切れたことにより、足元の結界が消滅。
ぐらりとバランスを崩して、そのまま、肉塊の覆う地面へと真っ逆さまだった。
「西原さん!!」
斎藤と桐谷が、直ぐに西原を受け止めに向かう。
しかし。
神谷が触手を伸ばして、二人の道を阻んだ。
「行かせません」
「くそっ!!」
桐谷と斎藤は、二人同時に、触手に攻撃を叩き込んだが、ビクともしなかった。
手をあぐねている間に、西原は落下していく。
頭から。
そして、彼の頭が、地面に激突しようとした、次の瞬間。
「西原!!」
ビルの陰に隠れていた、城之内花蓮が飛び出した。
花蓮は、ブーツで地面を蹴って加速すると、西原をギリギリのところで受け止めた。
二人同時に、地面を転がる。
「あいつ!!」
神谷がギリッと歯ぎしりをした。
「唐草さん!!!」
「わかってるよ!!」
唐草は、自慢の山羊の肢を使ってビルの側面を走ると、薔薇班の班長を仕留めにかかった。
花蓮は、腹を抑えて呻く西原を路肩に退ける。
そして、部下に指示を出した。
「桐谷と斎藤は、【太歳】の能力者を止めなさい!!」
「でも!!」
渋る桐谷。
当然だ。桐谷と斎藤。そして、西原は、城之内家に仕える執事であり、班長の城之内花蓮を守らなければならない身。
だが、花蓮はその援護を拒んだ。
「私は、この山羊の男を何とかします!!」
迫ってくる唐草。
花蓮は腹を括ると、腰に差した青龍刀のような形状をした刃を抜いた。
「来なさい!! 薔薇班班長が相手ですわ!!」
「へえ、君、班長なんだ!」
花蓮が班長であるということ。
つまり、薔薇班の中で一番強いと知った唐草は、おもちゃを買って貰った子供のように、目を輝かせた。
ズンッ!!!
と、ビルの壁から踏み込む。
彼の強靭な脚力により、壁は粉砕して、蜘蛛の巣のような模様の亀裂を走らせた。
「僕の脚は山羊の肢!!」
弾丸のような勢いで、近づいてくる唐草。
花蓮は、中段に構えた。
花蓮の愛刀の名は、【名刀・絹道】。
青龍刀のように、緩やかに湾曲した刃で、それは光を浴びて純潔に輝く。
柄から、純白のリボンが伸びて、風に靡いた。
「行きます。【名刀・絹道】!!!」
第112話に続く
第112話に続く




