太歳 その②
アダムとイブに憧れて
万里の長城に登ってみたが
天国にはまだ遠く
肉の果実をがりりと齧る
2
「永劫せよ【太歳】」
能力を発動した瞬間、悪魔の堕慧児の一人である神谷の姿に異変が起こった。
ボコボコと内側から泡立つようにして肉が肥大し、彼の【人間】の原型を一瞬で呑み込む。
地面に枝分かれした足を食い込ませ、強靭な根を張って自らを固定した。
そして、一木と化した。
「なんだ!?」
突如変化した神谷に、一同は驚きを隠せなかった。
桐谷の、城之内家に仕える執事としての勘が危機を察知する。
「お嬢様!!」
桐谷は、すぐ様、城之内花蓮を抱き抱えると、神谷から距離をとった。
肉の木の幹から、ボコボコと肉塊が盛り上がり、神谷が顔を出した。
「懸命な判断ですね」
「っ!!」
やはり、なにかする気だったようだ。
人間の形を保っていない神谷は、巨木の枝を手足のように動かした。
「人間、未知のものに遭遇した時にとるべき行動は【逃亡】です。いや、【様子を見る】の方が妥当な答えでしょうか?」
木の枝は、メキメキと軋みながら伸びていき、喉を刺されて窒息しかけていた唐草の脳天に突き刺さった。
「っ!!」
「なにをっ!?」
その瞬間、神谷から伸びる枝が淡く白光りした。
枝と言うよりも触手が、ドクンッ!! ドクンッ!! と蠢き、唐草に何かを注入する。
「くっ!!」
嫌な予感を感じた西原は、素早く斬りこんで、唐草の脳天から伸びる触手を切断しようと試みた。
それよりも先に、触手が唐草の脳天から抜ける。
「しまった!!」
刃は空を切る。
脳天を貫かれていた唐草だったが、死ぬ様子は無い。むしろ、さっきよりも快活に見えた。
ニヤリと笑い、「イヒヒヒヒヒ」と呻き声を洩らしながら、ゆっくりと喉に刺さったナイフを抜いた。
その瞬間、血が勢いよく吹き出した。
「っ!?」
「面白いね・・・」
ゆらりゆらりと身体を揺らしながら、上目遣いで西原たち桜班を睨むつける。
ビチリと、傷が塞がった。
「傷が塞がったっ!?」
「今ので分かっただろ?」
ぬらりと動く。
地面を這うようにして、斎藤の懐に潜り込むと、彼の腹に、強烈な蹴りをお見舞した。
「吹き飛びな」
「がはっ!!」
ただの蹴りだ。
だが、隙を突かれて受けるダメージは半端なものでは無い。
肋の下・・・、鳩尾につま先が食い込み、グリグリと内臓を抉る。
胃はたちまち悲鳴を上げて、黄色味かがった胃酸を逆流させた。
ガクッ、と、脱力する斎藤。
「斎藤!!」
直ぐに西原が援護に入った。
その瞬間、西原の足に何かが絡みつく。
「っ!?」
振り返ると、巨木に変化した神谷から枝の形をした触手が伸びており、それが西原の足を止めていたのだ。
「このっ!!」
西原が剣を振り上げる。
足に絡みついたそれを切断しようとしたが、触手は蛇のように蠢き、西原の足を掬った。
「桐谷!!!」
「はい!!」
城之内花蓮を建物の影に避難させた桐谷が戦線に復帰する。
「てめぇ!! 西原さんを放しやがれ!!」
小柄な身体で疾走しながら、タキシードの腰のベルトに結びつけた【甲突剣】の柄に手をかけた。
ボコボコと神谷の顔が首を擡げ、鬱陶しそうに桐谷の方を振り返った。
「焦らないで下さいよ」
「ぶっ飛ばしてやる!!」
桐谷は甲突剣を構えると、走りながら上体を引いた。
柄を強く握りしめる。
「甲突剣!!!」
桐谷の握力を合図に、剣全体を、白い閃光が駆け抜けた。
バチバチと雷光が刃覆い、鋒に集中する。
「甲突剣!! 【貫】!!!」
虚空に向かって、剣を突く。
蓄積されたエネルギーが、鋭い形となって、樹木に変化した神谷に放たれた。
「っ!!」
神谷の脇腹・・・、つまり、樹木の幹の部分が半分消し飛ぶ。
「もう一発!!」
桐谷は追撃とばかりに、右足を軸に回転すると、勢いをつけて一閃した。
「甲突剣【斬】!!」
先程とは少し威力の落ちた斬撃が、損傷を受けている神谷に迫った。
「甘いですね!!」
神谷は眉間に皺を寄せて、ギリッと桐谷を睨んだ。
その瞬間、斬撃が神谷に炸裂して、彼の胴体が真っ二つに切断される。
「よし!!」
完全に切断した。
だが。
「だから、甘いんですよ」
根元辺りから切り離されたというのに、神谷は未だに言葉を発していた。
切断面から、どろりとした粘液が分泌して、切り離された幹と根元が固着する。
「なにっ!?」
困惑する桐谷。
神谷は、触手を操ると、西原を投げ飛ばして、桐谷に激突させた。
「くっ!!」
「ぐあっ!!」
二人揃って、地面に倒れ込む。
そして、さらにそこに、蹴り飛ばされた斎藤の身体が墜落した。
折り重なって倒れ込む三人。
「僕の能力は、【太歳】。知りませんか? 中国に伝わる、伝説の果実のことを?」
その③に続く
その③に続く




