【第111話】 太歳 その①
右心房の鍵穴に
褐色の指を入れて
抉り出すのは五芒星
囲炉裏に残る木漏れ日に
求めるは十六夜の日輪
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「身体が温まってきたよ」
先程の斎藤の一撃をものともせず、唐草は上体を起こして立ち上がった。
革鎧の隙間に入り込んだガラス片をパラパラと落とす。
「さあて、楽しめそうだ」
コキコキと首を鳴らした。
その一つ一つの動作に、薔薇班の四名は警戒し、身を固くしていた。
「うん。こうでなくっちゃ」
一息置いて、再び肉塊で覆われた地面に降り立つ唐草。
「ほら、続きと行こうよ」
唐草と神谷を警戒するあまり、身動きが取れないでいる西原を挑発した。
「早く、桜班の副班長を奪還したいんだろ? なら、早く僕たちを倒さないと」
「倒しませんよ」
西原が斬り込む。
「半殺しにして、強制的に居場所を吐かせて貰います」
「いいね。そういう答え、嫌いじゃないよ?」
西原が振り下ろした剣を、和傘の側面で受ける唐草。
唐草の背後に、斎藤が回り込む。
それに気づいた唐草は、西原と刃を合わせたまま、身を反転させた。
「っ!?」
「甘い甘い」
西原の背が、斎藤の方に向くようにする。
攻撃を仕掛けようと構えていた斎藤は、狙いを定めることができず、歯を食いしばった。
「西原さん!!」
「わかっている!!」
西原は一度剣を引くと、地面を蹴って後退。
西原と斎藤の位置が入れ替わった。
斎藤はタキシードの内ポケットに手を入れて、三本のナイフを取り出した。
「【バトラーのテーブルセット】」
そのナイフを、スナップを効かせて、唐草に投擲する。
三本のナイフは、空気を引き裂きながら唐草に迫った。
唐草は瞬時に、和傘を開いて盾の代わりにする。
「【名傘・雨之朧月】!!」
傘の張りの部分に弾かれるナイフ。
「ちっ!! 仕損じた!!!」
「からの!!」
唐草は傘の柄を強く握りしめた。
それを合図に、傘本体の能力が発動する。
真紅の和傘の表面に、水滴がプツプツと浮いて出た。
「っ!!」
なにか来る。
瞬間的に悟った西原は、剣を右手から左手に持ち替え、空いた右手の指を鳴らした。
「能力【結界】!!!」
「【雨之朧月・夕立】!!!」
和傘の表面から、玉の水滴が、弾丸のごとき速さで発射された。
それよりも先に、西原が自身の能力である【結界】を発動させる。
西原と斎藤の目の前に、半透明の薄緑のバリアが現れた。
雨粒の弾丸は、その結界の前に弾かれる。
「へえ、それがあんたの能力かっ!!」
「そうですとも」
結界の影から飛び出す。
西原と斎藤は、一瞬の目配せで作戦を確認し合うと、軽快にサイドステップを踏みながら、唐草に迫った。
斎藤が右に。
西原が左に。
西原が右に。
斎藤が左に。
交互に位置を入れ替わることによって、唐草を翻弄する。
「っ!?」
唐草は反応することが出来なかった。
すれ違いざまに、西原が剣を一閃。
左腕に一文字の傷が走り、血が吹き出した。
「ありゃ、反応ができなかったや」
「それは良いことです」
斎藤がトドメを入れにかかる。
タキシードの内ポケットから、ナイフを一本抜き取ると、逆手に握りしめ、唐草の喉元に向かって突き刺す。
唐草は特に抵抗する様子もない。
ズブリと、ナイフの鋒が唐草の喉笛を穿った。
「終わりですね」
斎藤はダメ押しとばかりに、ナイフをさらに奥へと押し込んだ。
喉にナイフが刺さっていると言うのに、唐草は相変わらずニヤニヤと笑っていた。
「今だよ。神谷」
「了解」
その瞬間、神谷が動いた。
「永劫せよ【太歳】・・・」
傍観していた神谷がそう呟いた時、彼の姿が変化した。
幼げな顔が、ボゴボゴと腫れ上がり、一瞬で原型を失くす。両足が腫れ上がり、足袋を突き破って肥大化した。
「っ!!!」
危険を察知した桐谷は、瞬時に判断を下すと、傍にいた城之内花蓮を抱えてその場から離脱した。
咄嗟に逃亡。
桐谷の判断は正しかった。
変化を始めた神谷は、みるみると違う姿へ変貌していく。
小柄身体は、十メートル程まで巨大化。身にまとっていた着物はとっくに引きちぎれて宙を舞う。
肉の表面は青白く染まり、生々しい青筋が浮いて、独立して生きているかのように振動した。
足が変化する。
指が伸びて、無数に枝分かれした。
地面を突き破って、地中に潜り込んでいく足。
まるで木が根を張るように、それは地中をどす黒い肉の触手で侵食していった。
「これはっ!!」
「面白いでしょ?」
唐草は、喉にナイフを刺されたまま言った。
溢れ出した血液が逆流して、彼が口を開く度にゴボコボと壊れた排水溝のような音を立てた。
巨大な肉の塊・・・、いや、巨大な【樹木】に変化した神谷は、そのうちの枝を一本、唐草に向かって伸ばした。
警戒した斎藤は、その場から飛び退く。
枝が、唐草の脳天に突き刺さった。
「うん。いいねぇ」
唐草が喉のナイフを抜くと、傷が一瞬で塞がる。
「いいねぇ、いいねぇ!!」
唐草の傷はきれいさっぱり消滅していた。
「見たかな? これが、神谷の能力【太歳】だよ」
その②に続く
その②に続く




